第321話 暑さのつらい年頃
この20年ほどで、夏の最高気温は5℃以上上がっているという。
そりゃあ球数制限も色々と言われるな、と思う直史であるが、別に球数は全く問題ではない。
有名解説者も言っていたが、攻撃の間はベンチで休めるのである。
それよりもずっとスタンドにいる応援の方が、むしろしんどいのだと。
確かに直史は、現役時代は一度も、スタンドからチームを応援したことなどはない。
去年は少しだけ見に行ったりしたが。
今はとてもあのペースで、投げることは出来ないだろう。
もっとも高校野球は試合の展開のスピードが早いので、それだけはありがたい話だが。
プロの試合はどうしても、集中力にルーティンを必要として、攻防の変化ものらくらしたものである。
毎日溌剌とプレイなどしていたら、シーズン半年の体力がもたないのは確かだ。
そんな直史の目から見ても、大介と昇馬の親子の体力は異常だ。
直史は体力を消耗しないよう、さっさと終わらせているだけである。
上杉もこの年齢で引退した。
故障という理由もあったものだが、最後のシーズンにまた20勝するという、化物めいた活躍であった。
直史はそんな年齢になったのだな、と感慨深くなる。
夏の灼熱の中で、むしろ冷たく過去と現在と未来を思う。
おおよそ働き盛り、と言われるような年齢だ。
スターズ相手に圧勝した次の日も、直史はキャッチボールをしていた。
試合の前にはブルペンに待機するが、それまでは二軍で調整する。
今日はまだ投げないが、バッティングピッチャーとして投げてみたりもする。
わざと打たれるというか、上手く打たせるボールを試してみる。
分かりやすい配球で投げているのだから、これを打てないとなるとプロでは通用しない。
そう思ってはいても、まだいきなり化けるのが、若者の可能性である。
直史はこれまでに、色々な選手が色々なステージにいるのを見てきた。
中学時代は部活軟式であったが、シニアの選手が試合をしているのを見たことがある。
同じ中学軟式でも、人数が多くて指導者が良ければ、強いところは強い。
そして高校野球からは、はっきりと強いチームと弱いチームが分かれる。
甲子園を現実的に目指すチームと、甲子園を目標としながらも野球を楽しむチームだ。
そこで頂点を取る前に、年齢別の日本代表に選ばれた。
ほとんど特別のような形で二年生で出たが、そこから本格的にプロに目を付けられたとも言われる。
もっとも体がまだ出来ていないから、低い順位で指名するか、大学を経由してからとも言われたが。
三年の夏には140km/h台の半ばが出ていたので、一応はストレートで勝負出来るピッチャーにはなっていた。
決勝で奇跡を起こしたが、プロへの意志はなかった。
そもそも将来的にも、プロになる気は全くなかったのだ。
大学野球でも、日米戦をやっている。
特例でWBCにまで出してもらった。
この先をプロで見たいと思っているのは、野球ファン全員であったろう。
しかしプロには行かないと、完全に野球から離れた。
もっとも司法試験が終わってからは、クラブチームで楽しんでいたのだが。
社会人のチームとも対戦した。
やっとプロ入りしたのは、大卒社会人選手がプロに入る25歳からのシーズンよりも、さらに一つ上の26歳から。
だがあっという間に懸念を払拭した。
直史は普段から、少しでも体を動かすことをやめないと解説する。
バレリーナなどは一日休むと、それだけ体が動かなくなるという。
なので負荷は弱めにしながらも、絶対に毎日の調整はしていくのだ。
これがなされないのは、年末年始の数時間のみ。
ただ言っている本人は、ブランクがあっても普通に、以前どおりのクオリティで投げてしまう。
脳の回路の構築が、根本的に他者とは違うのだ。
本人としては本当に、ブランクがあれば思う通りには動いていないと感じる。
だがそれは職人レベルの話であって、素人はおろか同業者であっても、どこが衰えているのか分からない。
本人と、おそらく大介ぐらいは、それに気づくのである。
もっともその衰えた状態でも、大介が完勝することは難しい。
純粋に直史の投げる、選択肢が多すぎる。
その中から何に絞って打つのか、外してしまえばファールにするのが精一杯。
この時に直史は、いくらなんでもそれは投げないだろう、というボールを投げたりする。
実はさすがに、これを投げるのには勇気が必要であったりする。
打たれるということに対する、根源的な嫌悪感。
そういうものは直史も持っている。
それに振り回されないように、嫌悪感を含めてコントロールしているのだ。
ただこういった計算を上回るというか、意図しないものは必ずある。
風の強い日に、ベイエリアのスタジアムではボールが風で流される。
投げるボールはともかく、フライは取るのが難しい。
マリスタなどは風が読めない、とはよく言われる。
ドームなどはその点、守備にとっては有利であろう。
甲子園などはライト方向に、ホームランを打つのが難しいと、高校野球では言われる。
ゆるやかながらも逆風、あるいはセンターに風で流されるのだ。
甲子園でホームランなど打ったことのない直史には、さっぱり分からないことである。
基本的に風は直史の味方である。
外野は大変であろうが、だいたいホームランを打ちにくい球場では、フライを打たせるという選択肢が増える。
神宮の場合は大学時代の慣れから、地面の状態までよく分かる。
それなりにゴロが速くなりやすい。
しかしホームランも出やすい方である。
スタジアムの状況まで考慮して、組み立てるということ。
これはMLBの方が難しかった。
普段当たるチームは少ないが、少ないからこそデータを取りにくい。
もっとも対戦するバッターとしては、直史のデータを取りにくいと思ったのも確かだろう。
パーフェクトの回数が圧倒的に、NPB時代よりも多いのが、その証明である。
いや、パーフェクト自体が、そうぽんぽんするものではないのだが。
本日も暑い中、練習に励む若手たち。
甲子園で直史は、いくつもの記録を持っているが、勝った試合自体はそれほど多くないのだ。
なので熱気という点では、他の甲子園経験者の言うことが分からない。
四回出場していて、春夏連覇をしておいて、何を言っているのかという話だが。
主に岩崎と武史のおかげで、楽が出来たというのが直史の言い分だ。
延長15回をパーフェクトに抑えて、翌日に完封した人間は、どうも考えることが違う。
東京の夏は、基本的に暑い。
千葉にもその熱が流れてくるので、とにかく体力を消耗しないようにしたい。
40超えのおっさんには、辛い暑さなのである。
暑いほど調子がいい、という大介はやはりおかしい。
武史もあれで、湿度には強いものの、直射日光には弱かったりする。
その武史のいないスターズは、どうもぴりっとしないところがある。
これは上杉の責任ではないが、上杉に原因があることだ。
あの巨大なカリスマがいた間、スターズには安定感があった。
晩年の衰えたころでも、ローテに入っているというだけで、充分に安心できたのだ。
それがいなくなって、代わりが武史である。
実力的には確かに、比肩するものがある。
だが精神性は全く違うのだ。
晩年の上杉は、大事な試合には登板するピッチャーであった。
そしてそこで実際に、結果を残してしまうのだ。
武史はあまりそういうものに関係なく、あっさりと負けてしまうところがある。
それでも今年も、20勝近くは行きそうなペースであったのだ。
既に二桁勝利をしているというのが、恐ろしいところである。
直史はほぼ確実に、今年も20勝はしそうであるが。
スターズ戦の第二戦は、百目鬼が先発である。
この間は不覚を取ったが、それだけに今日は気合が入っている。
こういう気持ちのコントロールも、上手くできればいいのだが。
もっとも年間の試合を全部、気力充実の状態でやっていれば、ポストシーズンやシーズン終盤で、急降下してしまうこともある。
調整した上で、完封するのが直史である。
ひどい話だ。
夕方からの試合では、まだ日中の暑気が残っている。
涼しいブルペンで直史は、まったりと試合を見る。
試合が始まる前にはそこで、豊田と駄弁ったりする。
なんだかんだ言いながら、高校時代はむしろ敵であったのに、今は深く関わることの多い二人。
豊田もずっとクローザーをしていたなら、名球会に入る資格を得ただろうな、とは言われている存在だ。
そこで直史は豊田に、二軍の様子などを伝える。
この八月の戦い方で、おそらくペナントレースの覇権は決まるであろう。
正確にはレックスが勝てるかどうかが決まる。
ライガースはよほど上手く戦わないと、八月で決まってしまうということだ。
駆け引きを行うのは首脳陣であり、選手はとりあえず自分の成績にだけ注意していればいい。
本日の百目鬼も、そんな意識で投げている。
八月に入る前から暑かったが、今日は今年最高の気温。
昼間は本当に暑くて、のんべんだらりとあがりの日を過ごしていた直史である。
ブルペンはいいなと思いつつ、二軍の話などをする。
ブルペンにいるリリーフ陣としては、二軍にいる若手などというのは、自分のポジションを脅かす存在である。
完全にもう野球人生が終わっているはずの直史は、完全に無意識でそういうセンシティブな内容を話していた。
前回はライガース戦で、無駄に危険なことをした結果、敗戦投手になった百目鬼。
若いうちは無茶をしては、またなた学んで強くなっていくものなのだ。
それにしてもあの人は、さっさと引退してほしい。
大介と同じぐらい同じことを、言われているのがチームメイトにはいるが。
スターズの打線は今日も、あまりピリッとしたところがない。
百目鬼としては成績をプラス査定するのに、丁度いい日と言えた。
彼もまたメジャー移籍を視野に入れている選手である。
ただその前にはNPBで、しっかりと結果を残さなければいけない。
25歳になればメジャーに行って稼ぐ。
そういうルートが出来上がりつつあるが、そればかりというのも健全ではあるまい。
NPBはメジャーリーガーの養成所。
さすがにそんなことになれば、価値が下がってしまうのではないか。
なおその傾向を止めている一人であるという、自覚が直史にはない。
メジャーが一番大きなリーグと言っても「でも一番のピッチャーもバッターも日本にいるよね」で済んでしまうのである。
直史の成績はむしろ、メジャーにいた時の方が上がっていたりもする。
たとえば勝ち星などは、メジャーではおおよそが毎年30勝を超えていた。
当たり前だが奪三振の数も増える。
試合に出る間隔が短いのだから、当たり前だと言われるかもしれない。
だがそれは他のピッチャーも同じ条件であり、その中で30勝もした人間がいるのか。
メジャーにいた頃は毎年、サイ・ヤング賞を取っていた直史である。
そんなピッチャーが他にいるのか。
武史は確かに八年連続で取っているが、取れていない年もある。
また30勝に到達したシーズンもないのだ。
誰が見てもおかしな直史の成績であるが、後世の人間はこれを見て目標にしてほしいものだ。
この数年の時代の、盛大な悪ふざけと思われる可能性もあるが。
もしそうだとしたら、日米に渡って15年以上にもかけて作られた、盛大な悪ふざけであろう。
百目鬼はさすがに、こんなところは目指さない。
普通に15勝もすれば、充分だと思っている。
毎年15勝もすれば、その内容もちゃんとついてくるだろう。
15年も続けられることは難しいが、メジャーで五年もしっかり働けば、もうあとは遊んで暮らせる。
そして破産するのが多いのだと、直史はまるで怪談のように、レックスのピッチャーに話しているが。
実際のところ確かに、金がないのは怖いのだ。
NPBにしても昔より、ちゃんと年俸は上がっている。
年俸交渉が男らしくないという、おかしな時代もあったものである。
そのあたりは落合がおおよそ、壊していってくれたが。
メジャー時代の80億とかに比べれば、今の年俸はそれほどでもない。
だが直史はそれ以外の部分で、ちゃんと利益を出しているのだ。
野球以外のことが仕事のプロ野球選手。
まあ野球選手であっても、過去に変な投資話などに乗ってしまって、大きな借金を背負ってしまった人間もいる。
副業で株を回しているとか、その程度の人間はたくさんいるだろう。
だが直史の場合は、明らかに本業がそちらになってしまっている。
将来的には政治家を目指すなら、やらなければいけないことであろう。
ただ知事などの地方政治をやるのか、国会議員を目指すのかで、それは変わってくる。
上杉兄弟はその圧倒的な知名度や地盤でもって、二人して代議士になっている。
これは神奈川のその選挙区を、与党が欲しがったということがある。
なお千葉の選挙区についても、実は直史は期待されている。
ちょっと頭のおかしな政治家というのは、必ずいるものなのだ。
そういうものをどんどんと、潰していくことを期待されているのだ。
いくつかの会社を合併させた、SSホールディングスという会社は、既に用意されている。
基本的に必要なのは、一次産業とその流通。
まず農家の票を束ねるというのは、直史の考えそうなことである。
あとは林業に関連して、建設土木業にも手を出している。
そしてインフラを利用した、流通業にも手を出している。
カスタマーに届くまでの重要なところを、直史の会社は既に行いつつあるのだ。
社長は直史ではないのだが。
ちなみに大株主としては、大介とその妻二人がいたりする。
二人は色々と関東と関西を結んで、商圏をつないでいたりする。
また金融に関しても、二人は色々とやっている。
これは高校時代のつながりで、巨大なファンドを作ってしまった、ある女性も関わっているのだが。
一つの事業に特化しているのではなく、コングロマリットの大きな会社になりつつある。
もっともそれぞれのことをやっていくと、なんだか勝手に色々と、やらなければならなくなってきただけであるが。
最初はとにかく農業であった。
休みが取れずにしんどいという農業を、法人化するところから始まったのである。
次に山の管理をしようと、林業の人間に会社を作った。
すると土建業が必要となってくる。
色々とやりすぎていると、法律や条令が邪魔になってくる。
それを変えてもらうためには、政治家との付き合いがいる。
既に関係者の票数が、数千を越えていたため、地元の政治家などは利害関係がついている。
票を取れない政治家というのは、完全に意味がないのである。
もっとも大きくやりやすくするためには、国会議員を目指す必要がある。
その時には人間を動かすために、金が必要となるわけだ。
大介の資産を運用していたツインズを、巻き込んだというところはある。
ただ面白がって入ってきたのは、向こうのほうであるのだ。
レックスの人間でありながら、自分の地元の球団にもいい顔をしなくてはいけない。
まさに引退の前年には、千葉のチームに行く必要があるだろう。
正直に言うと移動が大変なので、パのチームには行きたくないのだが。
六回までで充分であるのに、百目鬼は七回まで投げてしまった。
そうするとセットアッパーを一人、休ませることが出来る。
この間は珍しく、大平がクローザーをした。
今日は大平がセットアッパーとなり、平良がクローザーをする順番である。
国吉は中継ぎだが、大平と平良の二人には、クローザーとしての資質がある。
安定感では平良の方が上だが、大平には強打のバッターも打ち取る、爆発力があるのだ。
クローザー候補がふたりいるというのは、もちろん悪いことではない。
実質レックスは、八回に勝っていれば、かなりその試合は勝ってしまう。
4-1というスコアで、大平に継投。
三点差なので一応、ホールドは付くことになっている。
一点もやることなく、そのままクローザーの平良へ。
この段階ではレックスも、守備に控えを出したりして、色々と試している。
ちょっと油断ではと思うが、こういう勝っている試合で、成功体験を積ませていかないといけない。
もちろん負けている試合でも、投げられる機会があれば投げるのがピッチャーである。
チームがいかに負けていようと、自分だけは点を取られたくない。
それがピッチャーという生き物であるのだ。
継投した二人は、確かに一点もやらなかった。
ただ今年は大平も平良も、微妙にホールドやセーブに失敗したことはある。
それを踏まえても今のレックスは、あの黄金時代に近い輝きのリリーフ陣を持っている。
豊田からすればもっと、ビハインド展開や序盤の炎上、そういった状況で使えるピッチャーが、まだまだほしいところであるのだが。
ピッチャーはいくらでも目利きが出来る。
問題はバッターである。
得点力はそれなりにあるが、決定力に欠けているというのが、おおよそのレックスの打線の評価だ。
そのためセットプレイで、どうにか点を取っている。
直史の目から見れば、二軍には今すぐでも一軍で使いたい、と思えるようなバッターはいなかった。
そもそも今のレックスは、かなり恵まれた打線の状況にあるのだ。
センターラインでは、三割二桁を打っているキャッチャーに、三割で30盗塁をするショート。
三割近くは打っていて、意外と長打もあるセカンドなどだ。
打撃力の高い選手が配置される、ファーストやサード、あとはレフトといったあたり。
そのあたりが守備負担が軽い割りに、決定的なところで打てないのが、レックスの問題であるのだろうか。
ただここのところ、大差で勝つゲームが多くなっている。
打線全体が何か、つかんできているものがあるのかもしれない。
もっともホームランのそこそこ出やすい、神宮をホームとしているチームである。
30本打ってくれる、そんな四番が一人ぐらいはいてもいいのではないか。
そんな打撃を持っている選手は、いることはいる。
だが守備が壊滅的なので、状況によっては二軍に落として、スタメンで守備を鍛えたりしているのである。
守備と走塁にはスランプがない。
ただし最初から下手くそであれば、スランプも何もないであろう。
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