第304話 適応力

 現在の野球はデータが重視される。

 かつてのように感性優先、などというのは許されないのだ。

 それを逆手に取って、データの裏を書くには、それなりの力が必要である。

 今の状況を俯瞰して見なければいけない。

 だが伝統だの格式だの、そういったものに縛られるほど、チームは変化を恐れて弱くなる。

 もっとも野球というスポーツは、嫌でも必ず戦力の入れ替えがあるものだ。

 相当に長くプロでやっていても、人間は必ず衰えるのだ。


 タイタンズの生え抜きの主力というのは、この10年以上あまりいなかった。

 本当にいないわけではないが、それよりはFAや外国人で、手っ取り早く補強というのが、チームの方針であったのだ。

 するとタイタンズの純正OBというのは、どんどんと減っていく。

 途中加入の人間は、ちょっと譜代とは言えないぐらいなのだろうか。

 悟にしても埼玉から、FAでやってきた人間だ。

 もう10年以上もクリーンナップを打っているのに、どこかよそよそしい雰囲気はある。

 悟が入らなければ、ビッグ3がいなかった時代も、一度も日本一になれなかったかもしれないのに。


 そんなタイタンズであるが、第二戦は上手く打線がつながった。

 野球の偏りというものが、まさに明らかになった試合であった。

 ただこれはもう一つ、理由がちゃんとある。

 第一戦と比べると、控えの選手を多めにスタメンに抜擢したのだ。

 つまり直史の呪いが、限定的にしかかかっていない。

 レックスもエースクラスの百目鬼を投入したのだが、六回を終えた時点でまだ同点。

 すると勝ちパターンのリリーフを使うのか、という判断が難しくなる。


 もう大平と平良を、随分と使っていない。

 確かに六月までに、基準をオーバーしないと言っても、かなり登板させてしまったのは確かだ。

 一週間も登板していないので、ここで使ってもいいのではないか。

 ただ七回をどうするか、それが問題になる。

 そう考えていた七回に、百目鬼は勝ち越し点を奪われた。

 そして負けている状況では、勝ちパターンのリリーフは使わない。


 最終的には4-5のスコアで敗北。

 七回まで投げて、110球に球数は達していた。

 ここはピッチャーを六回で代えるべきであったろう。

 そういう采配批判が、普通にファンの間でも生まれている。

(また面倒なことが)

 直史としてもここは、同点の場面で百目鬼を代えた方がいいのでは、と思ったのだ。

 七回を確実に任せられるリリーフがいないというのもあるが、100球に近くなったなら代えるべき。

 百目鬼に頼りすぎて、結局は試合も落としてしまったパターンである。


 長期的な視野で見るなら、百目鬼は今後数年間、レックスのエースとして投げることになるだろう。

 直史はいつ引退しても、おかしくないのであるから。

 もっともピッチャーというのは、いつ壊れてもおかしくない。

 その意味でも基準の100球を、オーバーしすぎだと直史は思った。


 たったの10球である。

 百目鬼は今季、100球オーバーで交代する試合が、それなりにあった。

 しかし110球に到達したのは初めてである。

 六回であろうと七回であろうと、100球をオーバーしたら代える。

 あるいはオーバーが確実と思えたなら、もっと早めに代えてもいいのだ。




 レックス首脳陣は、確かに判断をミスした。

 七回までに三点を取られたが、あの七回がなければどうなったか。

 無失点で勝ちパターンのリリーフにつなげたら、失点なくこちらの4-3で勝っていたかもしれない。

 もちろんタラレバは禁物なのであるが、問題となるのは百目鬼の球数が多くなったこと。

 リリーフ陣二人だけではなく、勝てる先発の肩肘も、この時期にはまだ無理をさせる必要はない。


 ピッチャーをどう運用するかは、プロ野球でも一番難しいことではないか。

 目の前の試合を捨ててでも、ピッチャーを温存する必要はある。

 シーズンを通しての試合で、ペナントレース争いを制すればそれでいいのだ。

 ただここでリリーフを、温存しすぎているきらいはある。

 あまりに間隔を空けすぎると、勘が鈍ってしまうのだ。


 試合の勝敗については、偶然性がどうしてもつきまとう。

 人間の範疇にあるピッチャーであれば、シーズンで一つや二つは調子の悪い日があってもおかしくはない。

 直史はその点、人間であるのか疑われることはある。

 ただ直史であっても、ピッチングにはそれなりの幅があるのだ。

 極端な話怪我をしてしまえば、投げることは出来なくなる。

 その怪我をしないように、最大限に注意はしているのだが。


 ともかく第二戦を、レックスは落としてしまった。

 第三戦のピッチャーは、木津である。

 この間の試合で、対に負け星が先行してしまった木津。

 だが各種数値の中でも、クオリティスタート率はものすごく高いのだ。

 つまるところレックスは、得点力をもう少し高めたい。

 以前からずっと考えていることだが、レックスは外国人に金をかけていったり、FAで獲得をするというのには消極的だ。

 直史が一人で、ものすごい年俸をもらっているのも、一応は理由の一つである。

 もっとも貢献度から計算すれば、これでもまだ安い、ということになるのだが。


 木津はここのところ三連敗。

 だがその試合は全て、七回までを投げて三点に抑えている。

 ハイクオリティスタートではないが、クオリティスタートは達成しているのだ。

 また奪三振率も、極めて高い。

 その中で問題となるのは、やはり与四球の多さであろうか。


 基本的にはコントロールが悪いのだ。

 それでも三振が取れるあたり、色々と分析されてはいる。

 そして今はその分析が、上手くはまっているところなのか。

 もっとも勝っている試合でも、普通に三点ぐらいは取られている。


 レックスの打線が、なぜこうも点を取れないのか。

 いや、全く取れていないわけではないのだが、確かにロースコアのゲームが多い。

 木津にしても今年は、ローテを守って七回まで投げれば充分であろう。

 それで負け星が先行しても、充分な数字になる。

 もちろん本人としては、色々と考えているのだが。




 試合の前には直史にも、アドバイスを求めてきたりする。

 これに対しては直史も、単純に答えるしかない。

「球にしっかりバックスピンをかけることを意識するぐらいかな」

 フォアボールも多いが、それ以上に三振が多い。

 むしろフォアボールを投げるからこそ、三振も多くなるのだが。


 コントロールにしても、さほどいいわけではないのだ。

 ただゾーンの中を、二つに分けて投げ込めるぐらいの、大雑把なコントロールはある。

 直史からしてみれば、大雑把なコントロールというのは、個人的な感性としては気持ち悪い。

 だが木津の場合は荒れ球を、自分の武器としていくべきだろう。

 少なくともシーズン中にはもう、何も改良は加えなくていい。

 もしも改良するとしたら、それはピッチングの内容ではなく、己の考え方の方だ。


 木津は三振が奪えるピッチャーだ。

 この事実をもっと明確に意識した方がいい。

 スピードを求める必要はない。求めればかえって普通のピッチャーに近づく。

 重要なのは変化球で、スピードの下限値を下げることだ。

 落ちるフォークに遅いカーブと、落ちないストレートを活かす手段を既に持っている。

 スライダーはあくまでも見せ球にするべきなのだが、これを上手くカットボールに出来ないか。


 プロの世界は毎年、自分をバージョンアップさせていく。

 去年の数試合しか出ていない木津には、その必要が分からないのだろう。

 ただ今の直史としては、思考力を鍛えるべきだと思う。

 迫水はかなり優れたリードの出来るキャッチャーになっているが、木津は一般的なピッチャーからはかなり離れた存在だ。

 彼の常識の中では、木津をリードしきれていない。

 去年はそれがむしろ、いい形で結果として出ていた。

 だが今年はどういうピッチャーかが分かってきたので、それに合わせたリードになってきている。


 直史も前に少し、木津については話したのだ。

 迫水は社会人出身であるが、この先にまだまだキャッチャー人生が待っている。

 おそらく今年もまた、年俸は上がっていくだろう。

 だが社会人はFAを取得するために、30代の前半に年齢が引っかかる。

 メジャーにポスティングしても、一番成功の難しいのがキャッチャーだ。


 キャッチャーとしてキャリアを積み、レックスの中で不動の位置を占める。

 その後にFA移籍でもするなら、おそらくそれが一番、プロとして稼げる選択だ。

 メジャーに行くには言語の壁がある。

 大学時代に将来のため、ほとんどぺらぺらの英語が喋れるようになっていた、樋口のようなのが例外なのだ。

 実際に迫水も、そこまでは望んでいないだろう。




 そんなわけで迫水も交え、本日のタイタンズ対策を考える。

 直史の呪縛は、昨日の百目鬼に勝った試合で、上手く解けてしまっているだろう。

 ただ普通の打線に戻っているなら、普通ではない木津のピッチングが上手くかみ合うはずだ。

「考えすぎないことだな」

 直史はアドバイスをするが、技術的なことではなく、思考的な部分になる。

 それはメンタルにも関わる、重要な部分でもあるのだが。


 MLBではトレンドが、毎年のように調整されていた。

 ただ基本的には、三振を取れるピッチングと、フライを打つ打球というのは、かなりの間変わっていない。

 木津の場合はど真ん中を中心に、しっかりとスピンをかけることだけを考えればいい。

 むしろ高めの方が、打ったボールはフライになるだろう。

 真ん中に全力で投げるが、少しだけ動かすというのも、トレンドの中の一つにはあった。

 木津はその点では、ムービング系のボールが投げられない。


 木津は打たせて取るタイプのピッチャーではない。

 打たせたとしてもフライが多くなっている。

 フォークとカーブはカウントを調整する球。

 ストレートをどれだけ長く持てるかで、ボールの軌道が変わってくる。

 スピン量だけではなく、リリースした瞬間の位置で、ホップ成分を稼ぐのだ。


 タイタンズの打線相手には、原理的に言うならば相性が悪い。

 だが実際にはこれでも通用している。

 前に投げた試合もタイタンズ戦であったが、その時は七回までを投げて、ヒット四本に抑えたのはいいが、フォアボールが五つにもなっている。

 ヒットというのは偶然性によって出るもの。

 しかしフォアボールは、ピッチャーのコントロールミスである。

 ただ下手に真ん中を意識しすぎると、重要な球威が落ちてしまう。


 木津の生命線は、今のところはストレートだ。

 おおよそのピッチャーにとっては、一番多く投げる球でもある。

 直史でさえ一番投げるのは、ストレートである。

 ただカーブの割合も、相当に多いのだが。


 木津がもしも他の変化球を求めるなら、それはチェンジアップがいいだろう。

 今のフォークとカーブも、緩急差があるか落ちる球ではある。

 しかしチェンジアップであるなら、もっと遅い球を投げられる。

 緩急差を増やしていけば、バッターはタイミングを取るのが難しくなる。

 木津のボールは実は、ストレートの減速率は、それなりに高いのだ。

 ホップ成分が大きいので、それがむしろ錯覚になっている。


 今日のタイタンズの選手については、おそらくまたスタメンを戻してくる。

 そのためのミーティングでは、直史も色々と意見は出した。

 だが攻略方法があったとしても、そのボールを木津が投げられなければ、あまり意味がないのだ。

 時々投げるスライダーは、左のバッター相手には、そこそこ通用するだろう。

 ただ頼りすぎるのも良くないだろうな、という程度には直史も考えている。




 タイタンズは思ったとおり、スタメンの打線を戻してきた。

 それに対して木津は、まさに自分のストレートを信じて投げている。

 決め球がストレート。

 そうはっきりと主張できる人間は強い。

 直史ならばストレートかカーブ、と答えるだろうか。

 内心でそう考えて、むしろそういう質問への答えを、バッターを惑わせる主張にするだろうな、と考える。


 ブルペンで見守る直史は、もうこの試合自体は終盤まで、見守るしかないと考えている。

 リリーフ陣の投入のタイミングは、ブルペンからも意見を出すのだ。

 ただ基本的には豊田は、こちらに来たままである。

 ブルペンから見ているだけでは、先発ピッチャーの調子を確認しにくい。


 初回の立ち上がりで、おおよそその日の先発ピッチャーの調子は分かる。

 三振も取った木津は、しっかりと三人で終わらせていた。

 これは中盤までは、問題ないかなと考えるブルペン。

 そしてさすがに、今日あたりはリリーフ陣が必要になるかな、とも考えるのだ。


 直史はもう、次のカードのことを考えている。

 カップスがやってきて、この神宮で行う三連戦だ。

 ここ最近のカップスは、三連戦のカードを勝ち越すことが、かなり多くなっている。

 思えば前回の対戦も、アウェイでビジターユニフォームを着ていたとはいえ、負け越しているのがレックスである。

 三位の座をスターズから奪い、さらに勝率を上げていく。

 ただ二位のライガースまでには、遠い差が存在するが。


 直史からすると次のカップス戦は、勝ちこしておきたいカードだ。

 もちろんどんな試合も、勝てるならば勝っておきたいが。

 まだまだレックスは、ライガースとの間に大きな勝率差がある。

 そして国吉の復帰の目途が立ってきた。

 だから焦る必要はないのだが、のんびりとしているわけにもいかないだろう。


 残り試合数は51試合となっている。

 もう残り51試合と考えるか、まだ残り51試合と考えるか。

 リードしているレックスとしては、まだこれからが長いと考える。

 ただしここまでのペースをキープ出来るなら、二位のライガースが何をしたところで、問題はないと思うことも出来る。

 直史は特に、そこについては考えない。

 考えるのは首脳陣であるからだ。


 直史が考えるのは、ペナントレースの終盤になった時、どう使われるかということだ。

 前の経験から考えるに、クライマックスシリーズを勝って日本シリーズに進むには、アドバンテージの影響が圧倒的に大きい。

 既に一勝している計算なのだから、純粋に三つ勝てばそれでいい。

 引き分けが一つあっても、やはり一位のチームが日本シリーズに進むのだ。

 ただ直史はあまり、日本シリーズに進む意義を感じない。




 薄情なことではある。

 だが直史は今のレックスには、さほどの情熱も持っていないのだ。

 復帰した年は最後まで、勝ち続ける気合というものがあった。

 そして二年目は前年のリベンジ、という要素が強かった。

 しかし今年はもう、若手を育てることの方に、シフトしていっている。

 すると逆に俯瞰的に、物事が見えてきたりするのだが。


 過去と比べても直史のピッチングは、今が全盛期と言ってもおかしくない。

 もちろんボールの各種数値は、本当の全盛期よりは落ちている。

 ただどういうボールを、どういう順番で投げていくか。

 その配球に関しての思考力は、確かに今が一番なのかもしれない。

 だからコントロールを失ってしまえば、もう直史はピッチングが出来ないであろう。


 タイミングとしては悪くはない。

 来年はおそらく、司朗がプロに入ってくる。

 大学に行くか迷っていたが、昇馬に比べればはっきりしている。

 プロの世界で通用するか、不安にはなっておらずむしろワクワクしている。

 本気の直史と対戦したい、という気持ちもあるだろう。

 そして次の年代であるが、昇馬を筆頭としながらも、他に凄い選手が揃った世代になっている。

 高校生がこの10年で、一番の豊作の年、などとも言われているのだ。


 確かに150km/hを、二年生の時点で投げているピッチャーが、何人もいる。

 思えば直史は140km/h台の前半で、最後の夏も戦ったものだ。

 もっともそのピッチングは、大学野球でも充分に通用した。

 むしろ高卒でプロ入りする化物がいなくなった分、ほとんどのバッターはくるくると回っていたものだ。

(昇馬が入ったら、親子対決が実現するかもしれないな)

 そうなった時に果たして、どちらが勝つのか。

 現時点でもまだ、大介の方が上ではあるだろう。


 レックスはどうにか今年、司朗を取ってほしいものだ。

 それは打撃の決定力を高めると共に、あれと対決しなくて済む、という意識も持てるからだ。

 少なくとも試合ではなく練習であれば、直史はかなり本気で投げても、司朗にはボコボコに打たれる。

 実戦での勝負となれば、またクオリティも変わってくるだろうが。


 それが贅沢と言うのなら、パ・リーグに行ってほしい。

 年間に何度も対決するのは、本当にしんどいからだ。

 交流戦と日本シリーズだけならば、どうにか抑えることは出来るかもしれない。

 ただ司朗のバッティングがほしいチームは、12球団の全てになるだろうが。

 あとは選手の層を考えて、ピッチャーを一本釣りするかどうかだ。

 今年も高卒のピッチャーは、それなりに豊作だと言われている。

 ただそう言われていた高卒で、即戦力となっているのはさすがにいない。

 やはり一年ぐらいは、揉まれた方がいいのであろう。

 一応はローテを守っているピッチャーなら、それなりにいるが。


 レックスは三島が抜けることを考えると、どうしてもピッチャーをほしくなるだろう。

 司朗を取って打線を強化、というのも一つの選択ではある。

 だが全体の打率などを見れば、レックスはもっと点を取っていないとおかしい。

 このあたり数字には、意図的ではない嘘が隠れている。

(あと何年、この世界にいることか)

 モチベーションが落ちたといいつつ、パーフェクトを達成している直史。

 人間扱いされないのは、完全に本人の責任である。

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