第167話 勢い
昔からライガース打線は、大味な攻撃で勢い良く点を取っていくのが得意であった。
監督の方針や集まった選手など、そしてホームランの出にくい甲子園球場を考えれば、色々と変化していく方が普通だ。
しかし地元のライガースファンは、とにかく攻撃的な野球を好む。
負ければボロクソにいってくるあたり、それでメンタルをやられてしまう、タフなはずの新人などもいたのだ。
つくづく野球はメンタルスポーツである。
ともあれ追い詰められたはずのライガースだが、快勝した。
そしてこの勢いは、翌日の神宮にも持ち越されている。
第四戦、フリーマンと百目鬼の投げ合い。
しかしこの試合も初回、ライガースの先取点から始まった。
先頭打者の和田を打ち取った後の、二番大介への初球は、内角を攻めたもの。
それを珍しくも、打球に角度をつけて、大介がスタンドに放り込んだのだ。
ここのところ迫水は、大介の内角を上手く攻めるリードをしていた。
だが百目鬼はそこまで、精密なコントロールが出来るわけでもない、
わずかに真ん中に入ってしまえば、それはもう打ててあたり前のもの。
先制したライガースは、初回にさらにもう一点を奪っていった。
ライガースの必勝パターンというのは、ひどく単純なものである。
とにかく先に点を取って、そこから点を重ねていく。
逆転されてもその頃には、既にハイペースの殴り合いになっている。
そうなると試合は、ライガースの得意な状態となるのだ。
レックスに比べるとライガースは、先発のピッチャーに勝ち負けの付く試合が少ない。
そういった試合をするチームになっているのだ。
逆に言えばある程度は、数字の悪いピッチャーでも勝ててしまう。
このライガースの空気に慣れてしまうと、ピッチャーはピッチングが大味になってしまうだろう。
バッティングも大味になるが、そんな中で極少の三振数を、大介は誇っている。
スラッガーはどうしても、フルスイングするため三振も多くなる。
下手に合わせていくぐらいなら、空振りした方がいいという考えが、その根底にはある。
どうせゴロやフライになるなら、空振り三振でも同じであろう。
むしろダブルプレイにならないだけ、三振のほうがいいという考えまである。
もっとも大介は、ダブルプレイも圧倒的に少ないバッターだ。
野手のいないところに、上手く落とすことも出来るからだ。
ヒットだけに絞っていけば、200本安打も日本で可能であっただろう。
だが大介はしっかりと、ボールをライナー性のものにはしてしまえる。
ゴロを打って一塁ランナーを殺しても、自分はどうにか生き残る足を持っている。
とにかく全てが規格外のバッターが、空前絶後でここにいた。
ピッチャーは何人か、ある程度突出した者が複数いたのに、バッターとしてはほとんど大介だけだ。
毎年三冠王を取って当たり前、というのがそのキャリアのほとんどを占めた。
しかもそれに合わせて、盗塁王まで取っているのだ。
もっとも一番恐ろしいのは、出塁率であるかもしれない。
NPBでもMLBでも、大介の残したシーズンOPSは、ほとんど全部が歴代で上位にいる。
高校野球ならまだしも、プロの世界でOPSが1.5を超えるというのは、本当に大介だけなのだ。
他はいくら高くても、1.2ぐらいである。
21世紀以降の現代野球で、四割を打ったのが大介だけなのだから、それも当たり前とは言える。
足がなくては、もっと簡単に歩かされてしまうのだ。
そして長打率が高くなければ、OPSもそこまでは上がらない。
第四戦の大介は、ホームランこそ一本だったものの、五打席で三出塁した。
凡退があったのは、野手の正面にボールが飛んでいった場合である。
これも長打を捨てていくなら、上手く野手の間を抜く打球にすることが出来る。
ただヒットで一点だけを狙う、という野球にならなかった。
初回に点を取ったものの、そこからはあまり試合が動かない。
レックスの次のエースは、おそらくこの百目鬼なのだろな、と大介は感じている。
年齢も若いということがあるが、シーズンの中でどんどんと伸びていっているのだ。
もちろんちょっとした故障だけで、選手生命が終わるのが野球の世界。
野手の場合は投手に比べれば、あっさり選手生命が終わることは少ないが。
ライガースはヒットを打つのだが、それが続かない。
こういう時にセットプレイで点を取れるのが、レックスなのである。
ライガースの攻撃にも、そういって柔軟性はほしいものだが、下手にセイバーの知識が出回ってから、長打を打てという風潮がファンの間にまで広まってしまった。
確かにそれは、統計の上では間違いないのだ。
しかし絶対に勝たなければいけない試合の上では、身を捨てる献身が必要になる場合もある。
一点を取るために、必死で全てのプレイを行う。
ランナーを進める進塁打を、適切に打てるのがレックスの強さだ。
しかしそこまでやっても、ホームランの一発には及ばない。
膠着した試合は2-0というスコアのまま、五回までが終わってしまう。
大介もこの試合、最初の打席はともかく次の打席からは、何か空気が重いと感じていた。
長打が出ないという試合展開は、むしろレックス向けである、
六回にもライガースの得点はなく、そしてその裏にいよいよレックスのチャンスが機能する。
フォアボールと進塁打、そしてエラーが起こったことで、一点が入る。
こういう状況では、プロでもエラーが起こってしまうのだ。
そういう緊張感に満ちた試合であった。
一点差になったまま、試合はいよいよ終盤に入る。
七回の表、ここからビハインド展開であっても、普段のレックスなら勝ちパターンのリリーフを使っていったかもしれない。
昨日の試合は大差で負けているので、リリーフ陣に出番がなかったのだ。
しかし平良が抜けたことで、安心感は急降下している。
大平はちゃんと、第二戦では仕事をしてくれた。
だがこの重要な試合では、果たして安心して任せていいものだろうか。
国吉と大平で、なんとか八回と九回は投げられるか。
そう思ったところ、またライガースはソロホームランで一点を追加する。
勝ちパターンのリリーフを、二点差から使っていくべきなのか。
これまた迷う事態になってきた。
ブルペンには直史がいる。
2イニングを投げてもらっても、おそらく封じてはくれるだろう。
ただ負ける試合には、絶対に使ってはいけないのも確かだ。
ライガースのリリーフ陣から、残り2イニングで二点以上を取るのは、それなりに現実的だ。
しかし残りの2イニングを、レックスのピッチャーが抑えることが出来るのか。
百目鬼は七回三失点なので、まずまず仕事をしてくれた。
問題は一点しか取れていない、レックスなのである。
この第四戦は、捨ててしまってもいいのかもしれない。
もちろん安易に捨てるのは論外だが、次の第五戦など、ライガースは勝ちの計算が出来る先発はいないのだ。
おそらくは完全に、ハイスコアゲームの殴り合いを狙ってくる。
しかしレックスは、まだオーガスがいるのである。
オーガスが一人で、完全にライガース打線を封じるのは、ちょっと難しい。
だが五回ぐらいまでなら、全力で抑えられないものだろうか。
もしもその時点でリードしていれば、国吉と大平を使っていく。
1イニングずつ使っていって、そして最後の2イニングを直史。
点差次第ではあるが、これが一番勝てそうな計算ではないか。
この試合はもう、積極的に捨てていってしまってもいい。
次の試合を見据えての、作戦的な捨て試合だ。
そもそも試合の前から、これぐらいの展開は予想していた。
しかし打線の援護がここまで少なくなったのは、やはりクローザーが欠けてしまった影響もあるのか。
援護をしなくてはいけないというプレッシャーが、レックスの打線にはかかった。
普段の試合であれば、淡々とマイペースにチャンスで点を取っていたのに。
このあたりレックスは、ピッチャーが強くないと、試合に勝てないチームになっている。
その日のピッチャーの出来が、最終的な結果につながるのだ。
レックスのブルペンでは、一応二人が用意していた。
だが直史はこの試合、おそらくダメだろうなと判断していた。
直感によるところが大きいが、今までの経験の蓄積からなる直感である。
純粋なプロとしての経歴は、まだ10年にも満たない直史。
しかし修羅場の経験値は、とんでもなく多いのだ。
甲子園の決勝を三回も経験し、ワールドカップでもクローザーをやって、日米大学野球にWBCと、そして日本シリーズやワールドシリーズ。
プロに入って以降は、まさに優勝請負人と言ってもいいほどに、所属チームがほとんど優勝している。
その中でも極端な例は、MLBの三年目のことであろうか。
主力が負傷したアナハイムから、メトロズに残り二ヶ月で移籍。
そしてメトロズを優勝に導いてしまった。
そういった経験からの直感は、言語化出来ないだけであって、脳内ではしっかりと計算されていたりする。
直史はそういった点から、この試合は捨てるべきだと判断したのだ。
そしてやはり問題となるのは、負け方をどうするかというものだ。
第三戦はライガース打線が爆発し、完全に勢いがついてしまった。
しかしこの試合は比較的、ロースコアゲームで推移している。
三点しか入っていないし、そのうちの二点はソロホームラン。
重要なのはここで、残るイニングにライガースの、打線爆発を防ぐことだ。
普段は敗戦処理ではなく、ビハインド展開でも逆転が期待できそうな、そういう試合のピッチャーがブルペンから出て行く。
このあたりの判断は、レックスベンチは間違っていなかった。
追加点を許したとしても、大量点でさえなければいい。
偶然の一発が入っても、それは仕方のないことなのだ。
ただライガースは、第三戦もそうであったが、一人のバッターが一点を取ってしまうことが多い。
逆にレックスはこのシリーズ、ホームランはほんのわずかである。
そのホームランが、ダメ押しの一発になったりもしているので、決して得点力が低いわけではないが。
問題はこの試合、ここからどうやって展開していくかだ。
豊田は国吉も大平も、準備させるのをやめさせた。
ベンチからの指示もあったが、豊田本人もそう判断したのだ。
現役時代は主に、リリーフとして登板していた豊田。
なのでこのブルペンから見れば、試合の推移がどうなるか、おおよそ分かってくるものだ。
レックスは未だに、樋口の作った投手陣の影響が、そこかしこに残っている。
それを上手く機能させれば、かなりの守備が今でも機能するわけだ。
ただ直史の復帰するまでは、微妙であった。
それはキャッチャーが安定していなかったことと、さすがに緒方のショート守備力が落ちてきたことが、大きかったと言えるだろう。
レジェンドとまでは言わないが、当時を代表するショートの一人。
緒方はセカンドをやっているので、まだ守備能力は相当に高い。
昔ながらの二番打者、という面もおおいにあるが、それはいい意味で言われている。
試合展開を見ながらも、ブルペンや首脳陣は、次の試合のことを考えていく。
第五戦は正直、先発ピッチャーのレベルならば、レックスがかなり有利になる。
ライガースはおそらく、リリーフ陣を総動員して、レックス打線を惑わしてくるだろう。
それに対してレックスは、オーガスがしっかりと残っている。
ここだけを見るならば、レックスが有利と思えるかもしれない。
ただオーガスは、レギュラーシーズンの試合はともかく、ポストシーズンの試合はどうなのか。
去年はファーストステージで、スターズ相手に勝ち星を上げて、ファイナルシリーズ進出へ導いた。
しかしファイナルステージでは、やはりライガースを相手に五回で三失点し敗北している。
五回で三失点は、クオリティスタートではないがそれなりの数字だ。
問題はレックスの打撃が、なかなか勝負強さを発揮できていないことにもある。
レギュラーシーズンであれば、平均して得点をしていて、統計的に勝つことが出来る。
だがこういったポストシーズンでは、一発勝負の力が必要となるのだ。
レックスでこのポストシーズン、活躍が目立つのはクリーンナップではない。
もちろん平均的には打っているが、若手の左右田や迫水、そして超ベテランの緒方などが、チャンスの周りにいる。
中堅どころが、勝負強さを発揮していないというか、勝ち方を知らない。
そもそも去年にしても、直史だけがライガースを抑えていた。
これは選手だけではなく、首脳陣にも原因があると言えよう。
むしろそちらの方が、一発勝負では重要になる。
勝負勘の強さは、強いチームを作るのとは、また別の能力であったりする。
おそらくレックスも監督が変われば、一気に違うチームになりうるのだ。
結局この試合、レックスはさらに一点を失って敗北した。
最終的なスコアは4-1である。
昨日の試合に比べれば、まだ比較的普通だと言ってもいいだろう。
しかし直史としては、投手陣の頑張りはともかく、打線のほうに文句がある。
なんで一点しか取れていないのだ、と。
一点あれば大丈夫。
そんなピッチャーが果たして、球界にいるのかどうか。
しかも相手はライガースであり、得点力も打撃力も、リーグではナンバーワン。
直史としてはそれを考えて、もっと打線を鼓舞する必要があると思うのだ。
この試合の場合は、もう仕方がないものであった。
次の第五戦、ここが本当にキーポイントであろう。
直史は第六戦も投げる予定であるし、それに合わせて調整している。
だが第五戦が勝てる展開であれば、リリーフとして投げてもいい。
もっともそれをしてしまうと、第六戦に向けて整えていたコンディションが、ちょっと崩れてしまうだろうが。
いまだにレックスの方が、有利であるのは間違いない。
だが完全にリーチをかけた状態から、ライガースはここまで粘り強く勝ってきている。
もしも最終戦にまで、この調子でもつれこんだりしたら、何か起こるかもしれない。
直史はオカルトは信じないが、オカルトを信じて調子に乗る人間は、もちろんいると分かっているのだ。
第五戦、試合の序盤で全てが決まるかもしれない。
あるいは一回の表、ライガースが点を取れるかどうかでも。
帰宅するタクシーの中でも、直史は色々と考える。
試合前のミーティングにおいては、色々と作戦を出しておく必要があるだろう。
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