第149話 日のあたる場所へ

 直史はレギュラーシーズンで一度も負けていない。

 ただし引き分けた試合や、自分以外に負けがついた試合はある。

 それに比較すると実は、木津は勝率100%である。

 二戦して二勝なのであるから。


 まあそんなことを言っていれば上杉や武史も、デビュー戦から連勝を飾っていたので、言葉遊び程度の意味しかない。

 ただこの接戦のマウンドに登った木津は、むしろアドレナリンがドバドバと分泌されていた。

(大丈夫かな……)

 むしろ迫水の方が不安になっている。

 しかしそんな迫水に、直史はアドバイスらしきことをしているのである。

 今日の木津の決め球はストレートで行けと。


 元々遅いのに、ストレートで空振りが取れるのが木津である。

 カーブとの球速差というのは、直史もよく使っている手だ。

 落ちる球と落ちない球の使い分けは、ボールの軌道を最も誤認させる。

 スピンが利いていて、ホップ成分も高く伸びもある。

 かなり独特なレートであるのだろう。

 下手をすれば、球速が上がった方が、平均に近くなって打たれてしまうかもしれない。


 迫水も社会人まで野球をやってきたので、そういう不思議なピッチャーには出会ってきた。

 主に対戦する相手として。

 スピードが出ないのにストレートに自信を持っていて、そして事実試合では打ちあぐねる。

 やたらとゴロを打たされるピッチャーもいたし、逆にフライばかり打ってしまうピッチャーもいた。

 そういった特異なピッチャーの究極の形が、直史なのであると思う。

 もっとも直史も全盛期は、150km/hを軽く出してはいたのだが。


 投手のタイプを無理やり分けるなら、本格派、技巧派、軟投派あたりに分けるべきか。

 このあたりで直史は、技巧派と軟投派の両方でありつつ、本格派のストレートも使っていた。

 変化球の球種があり、緩急の幅を大きく使えるなら、本格派のピッチングも出来るのだ。

 実際に木津のストレートを見てから、直史はストレートを投げ分けることを考えている。

 逆に木津も直史のピッチングを見て、積極的に変化球などについて質問をしていた。

 25歳の木津はもう、後がないと思っているのだ。

 変なプライドなどは持たず、貪欲にアドバイスを吸収しようとしている。


 直史は教えられるものは、特に隠さずに教えていった。

 将来的にコーチになる気などもなく、自分の手に入れた技術については、拡散していったのだ。

 だが直史の技術の、5%ほども吸収出来たらいい方だろう。

 最初は下手に教えると、相手の長所をかえって消していってしまったものだ。

 直史の持っている技術は、直史の精神と思考を持っていなければ、ほとんど再現出来ない。

 ただ木津に関してはむしろ、真っ直ぐの使い方を思い出させてくれた。

 右腕と左腕という違いがあるので、そこはどうしようもない差ではある。




 一回の表の入り方が重要だ。

 ホームなので相手の応援というものは、それほど意識しなくていい。

 もっともスターズが相手であるので、それなりに遠征しているファンはいる。

 しかしこの試合によって優勝が決定するかもしれないと思えば、それだけチケットの争奪戦も凄まじいことになる。


 先頭打者を打ち取れるかどうか。

 最初の一人に対してどういうピッチングをするかで、この試合の流れが分かるかもしれない。

 あるいは初球の出来で、全てが決まるかもしれない。

 その初球、迫水は高めのストレートを要求した。

 それに対して木津は、躊躇なく頷いた。


 低め一辺倒であったピッチングは過去のことである。

 フライボール革命のアッパースイングは、むしろ低めにこそ対応していた。

 遠心力の働きにくい、高めにどういう強い球を入れていくか。

 それが今のピッチャーの中でも、本格派には重要なことである。

 そして木津は軟投派というか変則派に見えるが、ストレートは本格派である。


 初球は高めいっぱいに入って、先頭打者は見送った。

 最初の一球、迫水の方が緊張している。

 木津はそのあたり、本当に図太いところがある。

 もっとも迫水としても、かつて社会人から入った時は、相当に追い詰められていたものだ。

 下位指名であったが、運よくすぐに使われることになった。

 しかし大卒から社会人を経てプロ入りするなどというのは、大成するには遠回りもいいところのなのである。


 キャッチャーは完成するのに時間がかかる。

 その意味では樋口や、よりにもよってピッチャーから転向した坂本などは、天才と言うべきなのであろう。

 ただ直史も色々なキャッチャー相手に投げてはきたが、樋口の持つ柔らかさと言うべきものは、ちょっと他の誰かに感じたことはない。

 もちろん充分にレジェンドと言われてはいるが、本当の意味で樋口のようなキャッチャーは、二度と出てこないのではと思っている。


 あそこまでは目指さなくていい。

 それは無茶な目標だと、直史は分かっている。

 そもそもキャッチャーも今は、なかなか完全に一人では定着しない時代になってきている。

 守備負担の大きさは、ピッチャーを除けば第一。

 日本の場合は特に、リードという部分までキャッチャーに任されているため、一人で143試合に出場するのは、ちょっと辛い。

 またそこまで圧倒的なキャッチャーも、現在の球界には一人もいないが。




 木津はストレートで押していく。

 ピッチャーが投げたがっているボールを、キャッチャーは出来るだけ意識しなければいけない。

 自分のリード通りに投げれば打たれない、などという考えは傲慢だ。

 キャッチャーはあくまでも黒子に徹していればいい。

 迫水は打撃力があるので、スタメンのかなりの部分に出ている。

 だがリードに関しては、他のピッチャーとバッテリーを組むと、相性というものが分かってくるのだ。


 ただ、木津のリードをするのは面白い。

 スピードはないのだが、明らかに球威は強いと感じて、ミットの中によく響く。

 アウトローとインハイという二つのコースは、特に得意なコースである。

 あとは高めと低め、内と外という、ゾーン内のコントロールはしっかりしている。 

 フォークはやや控えめに使って、左相手には特にスライダーも使っていく。

 これで三振もしっかりと取れるのだ。


 一回の表を三者凡退に抑えた。

 これでおそらく、序盤の炎上はなくなっただろう。

 ブルペンで今投げているのは、百目鬼である。

 自分があそこで勝っていれば、優勝は決まっていたのだ。

 ただ甲子園でライガース相手に、この時期を投げるのはかなり苦しい。

 六回三失点だったのだから、敗北の責任はベンチと打線にあると考えればいい。


 スターズはチャンスを与えなければ、連打で点を取ってくるというチームではない。

 得点の仕方はレックスと似ていて、出塁率にこだわるタイプのチームだ。

 そしてランナーがたまれば長打を狙っていく、オーソドックスなスタイル。

 だが一点がほしいところでは、しっかりと進塁打に意識を集中させる。

 チーム力で勝つというのが、スターズに浸透した上杉時代の意識だ。

 そのあたりシステマチックに戦うといっても、レックスとはかなり違うところがある。


 スターズはスターズで、今日のレックスは直史が投げてくると思っていたのだ。

 武史を当てるかどうかは、実は迷っていたのが本当のところである。

 三位で通過するのは分かっているので、あとはクライマックスシリーズをどう戦うかが問題だったのだ。

 レックスと当たるチームは、まず直史以外のピッチャーからどうやって勝つかを考える。

 最初から星の勘定には入れておかないのが正しい対処法だ。




 木津が投げてくると知って、むしろスターズとしてはそこに注目することにした。

 二軍ではイースタンでそこそこ投げているが、支配下契約になったのは今年から。

 そして二試合、悪くないピッチングをしている。

 レックスは今年、青砥がおそらくはもう抜けて、さらに三島が今は離脱している。

 来年のことを考えれば、やや変則的なところのあるこのピッチャーを、今年中に体験しておくのは悪くない。

 カップスとフェニックスという、打撃力が爆発するようなチームではないが、そこをしっかりと抑えて勝ったのだから。


 しかし一回の表、三者凡退は予想外だった。

 しかもあのストレートを振って、三振が二つも出ている。

 そんなに打つのが難しいのか、ベンチからと球速表示では、ちょっと分からない。

 なので対戦した選手から、感想などを聞くのである。


 速くないのに、速く感じるストレート。

 そういったものには必ず、理由があるのだ。

 テンポやタイミングが違えば、スイングの起動に時間がかかる。

 そこでおそらくはタイミングが合わないのが、速く感じている理由であるのだ。

 これは別に木津だけではなく、他にもそれなりにいるピッチャーの特徴だ。

 だが木津のスピードのボールで、そんな特徴があるというのは、ちょっと珍しいものだ。


 こういうピッチャーが激戦必至の試合で、最初の表を抑えると、チームは上手く機能する。

 しかしレックスは、良くも悪くも冷めたチームであるのだ。

 ピッチャーの力投に応えよう、という気迫があまり伝わってこない。

 このあたりの原因は、もう10年以上も前にいなくなった、樋口の影響が残っているのかもしれない。

 計算高いプレイをやっていると、下手な人間がそれを真似ると、打算と妥協のプレイになってしまいかねないのだ。


 そういう場合に勝つには、直史のような人間が必要である。

 冷たい炎を燃やす、とでも言うべきだろうか。

 マウンドで直史が発する雰囲気は、圧倒するだけのものがある。

 だがそれは熱量ではなく、凍てつくような圧迫感なのだ。

 

 直史は援護が少なくても勝ってしまう。

 その点では武史の方が、周囲に勝たそうと思わせるところがあるので、直史を上回る部分と言えるであろうか。

 実際に直史に土をつけた試合は、武史が投げていたものだ。

 ただし一対一であれば、負けないという確信を直史は持っている。




 一回の裏、ここで先制点が取りたい。

 得点パターンの似ているチーム同士の対決なのだから、先制した方が有利なのは当たり前だ。

 だがレックスの選手は、今日の試合次第で優勝が決まる、というプレッシャーがかかっている。

 また前の試合は引き分けで、その前は負けという、なかなか優勝が決まらないというもどかしさもあった。

 ライガースが負けてくれても、そこで優勝は決まっていたのだ。

 しかしここぞというところで、勢いに乗って優勝してしまうのが、ライガースなのである。


 ここまで五連勝している。

 今日はカップス相手に、敵地での試合を行っているのだ。

 先発はフリーマンなので、どちらかというと安定して勝てそうな試合だろう。

 もちろん実際は、やってみないと分からないのであるが。

 バックスクリーンには他球場における、試合の展開も表示される。

 あちらが負ければそれでいいのだが、初回でいきなりライガースは、一点を取っていた。


 ここで勝たなくてはいけない。

 そういうプレッシャーが、レックスにはさらにかかることとなる。

 もうカップスの応援もしたくなるだろうが、やはり美しいのは、勝って自力で優勝を決めることだ。

 ビールかけの準備も、ずっとしてはいるのだ。

 それが無駄になっているのは、どうにももったいない話である。

 まあ飲むためのものではない、ノンアルコールビールなので、使いまわしてもいいのだが。


 ランナーは出たが、先制点は取れなかった。

 一回の攻撃で点を取るのは、レックスの勝ちパターンの一つではあるのだが。

 左右田が塁に出ると、そこからいくらでもチャンスが作れる。

 逆に左右田が出ないと、緒方が打っていくことになる。


 緒方も緒方で、そろそろ引退を考えるような年齢だ。

 実際に一時期に比べると、打率などは相当に下がった。

 それでもボールを選ぶ選球眼で、出塁率を高めている。

 また相変わらずのミート力で、ケースバッティングをするところが強いのだ。

 だが自力でヒットを打っていく力は、確かに落ちている。


 ツーアウトからランナーが出ても、点に結びつく可能性は低い。

 スターズとしてはこの試合、負けても順位になどは全く関係がない。

 ただ強いて言うならば、目の前で胴上げをされるのは、やはり気分がよくないのだろう。

 絶対に勝つという変なプレッシャーではなく、合法的に反則でもない嫌がらせをしてやろう、という変に前向きな空気がある。

 どうせなら最終戦でレックスとライガースが潰しあってくれれば、クライマックスシリーズで少しは楽に戦えるだろうか。

 ちなみにスターズも同日に、タイタンズ相手の最終戦が残っている。




 レックスは計算した試合展開を好む。

 初回からピッチャーが崩れることは、まずないようにしているチームだ。

 もちろん人間のすることなので、ローテのピッチャーでも六回まで確実に投げられるわけではない。

 五回で降りたり、あるいは本当の序盤で炎上することもあるし、違和感を感じて交代することもある。

 ただそういったことが、今年はほとんど起こらなかった。

 よりにもよって終盤の三島に、そういうことが起こってしまったが。


 その三島の抜けた穴を、しっかりと埋めている木津である。

 二回は先頭打者を出したが、その後をしっかりと抑える。

 ストレートを投げるとフライを打たせることが多いので、ダブルプレイを都合よく狙うことは出来ない。

 だがランナーを進めても、確実にアウトは取る。

 フライであれば進塁打にさえならない可能性が高いのだ。


 フライボールピッチャーというのはいる。

 木津は間違いなく、そのタイプのピッチャーだ。

 フライを打たせていくのが怖いのは、それが遠くまで飛んでいくと、長打になってしまうからだ。

 実際に木津もホームランを打たれているが、それでもゴロを打たせるより、フライを打たせる方を選んだピッチングだ。

 それにカーブやフォークを使えば、ゴロを打たせることも出来る。


 二回の表も、失点することはなかった。

 三振も一つ取っていて、ランナーを背負ってのピッチングでも、マウンド上で堂々としていた。

 あるいは今年、開き直ったことが大きいのかもしれない。

 周りをみればピッチャーはおろか、野手でさえも自分より速い球を投げる選手は大勢いる。

 むしろ遅いのを見つけるのが難しいほどであるのに、どうしてピッチャーとしてプロにしがみついているのか。


 レックス以外からは、調査書も来なかった。

 スカウトは超ベテランの人間だと言われたが、契約の時にははっきりと言われたものだ。

「レックスは昔から、育成までを育てきるのが苦手な球団だ」

 実際に直史の同期などは、全てが支配下指名で八位まで取っている。

「だが君のボールだと、ちょっと社会人でも取るチームはないだろう。俺もコーチとしてずっと付いていられるわけじゃない」

 それでも。

「野球にしがみつくなら、ここが最後のチャンスかもしれない」

 独立リーグさえ考えていた木津であるが、そちらも難しいものだと思ったのだ。




 独立リーグはクラブチームと同じく、プロを目指す人間の最後の受け皿であるのかもしれない。

 だがその独立リーグでさえ、まずピッチャーを見るのは球速だ。

 大学時代にはそれなりに実績はあったが、まず球速がプロの最低限を満たしていない。

「これが昭和の頃だったら、いや平成でも最初の頃なら、なんとかゴリ押ししたんだが」

 スカウトはそう言っていたが、確かに昔は球速の遅いサウスポーで、活躍した選手がいる。

 二桁勝利を何年も続けたり、200勝に到達したりしたピッチャーだ。


 自分は果たして、どこまでを目指しているのか。

 木津はそんなことも考えていたが、ひたすら野球のことは考えていた。

 二軍で調整している、佐藤直史。

 復帰後一年目は、本当に近づけない雰囲気を発していたが、二年目はチーム戦力の強化を心がけていたらしい。

 大平を一年目から、育成で引っ張り上げた。

 だが大平には、MAX160km/hという、誰が見ても分かる才能があったのだ。


 佐藤直史が高校二年生で、甲子園で事実上のパーフェクトをした時、その球速は140km/hも出ていなかったという。

 そして自分はそれよりさらに遅いが、130km/hは出ているサウスポーだ。

 だがしっかりと筋肉をつけようとすると、ボールのキレが落ちてしまう。

 空振り三振を取れるストレートを投げるには、球速がない方がいい。

 それに気づいて三年目、ようやくチャンスが回ってきた。


 他のピッチャーの故障などの離脱で、上に上げてもらった木津。

 チームとしてはむしろ、思い出作りのためにでも、イースタンの試合に出したのかもしれない。

 だがそこで意外にも勝ってしまった。

 そこから一軍への、本当にわずかな道が見えてきたのだ。

 最初の先発で、いきなり勝利投手となった。

(考えてみたら今年、優勝を決めるかもしれないピッチャーが、二人とも育成指名ってのは面白いな)

 野球というのは、そういうドラマチックなことが起こるらしい。


 三回の表も、木津はスターズ打線を0で抑える。

 そしてその裏に、ようやく先制点が入った。

 あと二回を0で投げれば、勝ち投手の権利が得られる。

 もちろん目指すのは、もっと先のことである。

 狙うのは完投勝利。

 いや、そんなところまでは投げさせてもらえないだろうが、この優勝を決める一戦で、勝ち投手になるのだ。


 プロ野球選手は高給取りというイメージがあるし、それは実際に間違ってはいない。

 一軍の最低年俸は1000万を軽くオーバーしているが、育成であった木津は300万ちょっと。

 ただ寮に入っていたので、その点では助かったといえる。

 一軍に登録されれば、その分は年俸にプラスされる。

 他の一軍選手にとっては、馬鹿馬鹿しいぐらいのささいな差だろう。

 だが木津にとってはそんな金額の積み重なりが、自分の価値の高まりを実感するものなのだ。




 五回の表が終わり、木津はここまで無失点。

 そして打線はもう一点を加えていた。

 勝利投手の権利を得て、あと一回抑えたならば、勝ちパターンのリリーフにつなげていける。

 しかしレックスとしては、試合を動かしたくはない。

 幸いと言うべきか、木津の球数はそう増えてはいない。

 出来れば登板二戦目のように、七回まで投げてもらうか。

 大平と平良の二人で投げれば、おそらくは二点差でどうにかなる。


 またブルペンでは、リリーフ歴無失点という、怪物も準備してくれている。

 MLB時代、たった二ヶ月で30セーブを上げたという、直史のことである。

 国際大会では、主にクローザーとして活躍。

 普通はクローザーというのは、それまでの先発が緩急を使ってきた中で、ストレートの爆発力で押すタイプが多いのだ。

 しかし直史の残している実績は、先発としてはわずかに傷があるが、クローザーとしては完全無欠のものである。


 そもそもここで投げてもらっても、勝ったら優勝で次に投げるまで、ちゃんと間隔が空くのである。

 その間にコンディション調整をすれば、充分に次のピッチングの準備が出来るだろう。

 ただこのままのペースであれば、まだ木津は投げられる。

 欲を言えばやはり、七回まで投げてほしい。

 ブルペンでは本来のリリーフも、準備を始めている。

 そこには左の大平もいるが、同じ左が続くというのは、案外よくないかもしれない。

 こういう時に頼るのは、やはり統計のデータになる。


 だが、統計の中には必ず、異常値が存在するのだ。

 そして今はまさに、その異常値が出てもおかしくない状況である。

 先発が頑張っている間は、監督は動かない方がいい。

 その程度のことは、さすがに分かっている貞本である。

 多くのピッチャーを見てきて、かなり木津はその中でも変わったタイプだが、先発向けであることは間違いない。

 ストレートで三振が取れて、緩急をしっかりと使っていける。

 それが先発の適正というものであろう。


 六回の表も、木津はスコアボードに0を刻んだ。

 間違いなく過去の二戦よりも、出来は断然にいい。

 このままなら完投も、充分に狙えるペースだ。

 木津はスピードは出ないが、その代わりとでもいうかのように、スタミナは充分なのだ。

 それだけずっと、二軍で投げ込んできたということである。


 スコアは2-0のまま、六回が終わる。

 七回の表、貞本は木津に、交代とは告げていない。

 そのまま行けというなら、行くのだ。

 このチャンスを逃してはいけない。

(さすがに八回と九回、二点差なら逃げ切れる)

 大平と平良、二人はかなり安定している。

 ただ大平はルーキーであるし、平良も若手なのだ。

 だから万一崩れれば、最終兵器を投入する。

「勝ったな」

 それはフラグだ、と突っ込みを受けないように、貞本は小さく呟いた。

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