第147話 勝率計算

 カップスとの25回戦、レックスは先発が阿川であったので、ここは落とす計算をしていた。

 だがここまで、八試合もクオリティスタートをしていた阿川なのだ。

 それで0勝8敗というのだから、本当にタイミングが悪かった。

 それがこの試合は、六回三失点で勝利投手の権利を得る。

 そしてそこから勝ちパターンのリリーフが登場し、一点を失ったものの最終的には5-4のスコアで勝利。

 阿川にはようやく勝ち星がついて、ヒーローインタビューにも呼ばれることになった。


 直接対決が二つ残っているが、それを勝ってもまだ、ライガースは勝率で上回ることはない。

 レックスの負けがついてくれるのを、祈るしかないというのは歯がゆいものだろう。

 そしてレックスとしては、ここまで好投しながらも、なぜか負けてばかりであった阿川が大きな役割を果たしてくれた。

 これで残るは四試合。

 ただカップス戦から次の日は一日移動で使って、そして甲子園でライガースとの直接対決となる。


 まずはライガースが、フェニックス相手の二戦目にも、勝てるかどうかを待つこととなる。

 レックスは一日の休みの間に、甲子園に向かう。

 相手のホームでのゲームになるが、移動したその日の内に試合とはならないため、ある程度は楽に試合が出来る。

 先発は百目鬼の予定なので、ある程度は勝利の可能性もある。

(まあ、この時期の甲子園だと、かなり厳しいよな)

 問題は他の試合が、どうなるかである。


 神宮でのライガース戦が、レギュラーシーズン最後の試合となってしまった。

 これに勝てば問題なく、レックスのペナントレース優勝が決まる。

 直接対決二試合のうち、どちらかに勝てば優勝なのだ。

 ならば直史を投げさせればいい、という話になってくるかもしれない。

 ただそんな最後の試合で投げるのは、肉体への負担が厳しい。


 ライガースがレックス以外のチームであっても、どこでもいいから一度負ければ、それでも優勝は決まる。

 レックス 88勝50敗1分 残り四試合

 ライガース 84勝53敗 残り六試合

 地味に阿川が勝ったのが、ものすごく大きい。

 ちなみにレックスの試合は、ライガース戦が二試合と、スターズ戦が二試合残っている。

 そしてそのスターズ戦は一つ、武史が投げてくるローテの試合となっている。


 ならばもう一つのスターズ戦に、直史を投入するか。

 だがそれは中三日の登板になってしまうのだ。

 また正直なところ、直史と武史が投げ合った場合、またも引き分けになる可能性がそれなりに高い。

 お互いがパーフェクトというのはさすがにないにしても、お互いが完封というのは充分にありうることだ。

 MLBならタイブレークにでもなると、奪三振能力の高い、武史の方が有利になったかもしれない。

 だがNPBでは今のところ、タイブレークがないのだ。

 引き分けは引き分けで、それなりに意味がないわけではないが、単純に勝敗だけを考えるなら、ライガースとの最終戦に投げて、大介を敬遠した方がいい。


 しかしそうすると勝てばいいが、万一負ければクライマックスシリーズのファーストステージまで、中三日という日程になっている。

 負ける可能性を0にすることは出来ないのだ。

 延期になった一つの試合が、日程の都合上三日も空いてしまうのが、都合が悪い。

 だがこれはもう、決まってしまっているのだから仕方がないだろう。

(ライガースに百目鬼、スターズにオーガスと木津か)

 オーガスに勝ってもらって、最終戦を待たずに優勝決定というのが、一番ありがたいだろう。

 またレックスが勝てなくても、ライガースが負けるだけで、充分に優勝には手が届くのだ。




 とても面倒なことになっている。

 ライガースが誰を先発に持ってくるか、ということも直史は考えてみた。

 確かに先発の弱いところにも当たるが、そこがフェニックスとなっている。

 殴り合いに持ち込めば勝てるという試合なのだ。

 そもそもライガースは全般的に、殴り合いの試合が多い。

 すると統計的に、ピッチャーの質はあまり関係なく、平均して勝てるようになっている。

 直史には一勝もしていないが。


 ファイナルステージはアドバンテージさえ持っていれば、三試合勝てばそれでいい。

 あるいは引き分けが一試合あっても、それで日本シリーズ進出が決定だ。

 実際に直史はプロ二年目、ライガース相手に引き分けたことで、日本シリーズに進んでいる。

 あれは相手が真田であったので、あんな展開になったのだ。

 正直なところ、レギュラーシーズンで12回まで投げるのと、ポストシーズンで12回まで投げるのは、もう負担が大きく違う。

 さすがにやりたくないな、と思っている直史である。


 甲子園で百目鬼に勝ってもらうのは、ちょっと苦しいだろう。

 その次は敵地の神奈川スタジアムでオーガスが投げる試合だ。

 おそらくはこの試合が一番、勝てる確率は高いだろう。

 次のスターズ戦はホームの神宮だが、相手の先発は武史になる予定。

 木津に代わって自分が投げても、引き分けになるのか。

 引き分けになったら、かろうじて最終戦で負けても、ライガースよりも勝率が上になる。


 面倒なのでそれはやりたくはない。

 いっそのこと武史が、木津相手に負けてくれないものだろうか。

 それなりにポカをする武史だが、一定以上のレベルでは投げる。

 するとやはりプロ三戦目の木津では辛いだろう。


 無難なのはやはり、オーガスに勝ってもらうことだ。

 百目鬼がこのシーズン終盤のライガース相手に、甲子園で勝てるとは思わない方がいい。

 あるいはあっさりと、ライガースが他のチームに負けるか。

 そういうこともそれなりにあるのが、ライガースというチームである。

 しかし劇場型のチームであるライガースが、そんなみっともない負け方をするだろうか。

 なかなか予想するのは難しい。




 この時期、高校野球は高校野球で、秋季県大会が行われていた。

 母校である白富東は、甲子園出場のアドバンテージもあって、県大会の本戦から出場。

 しかし選手全員が、ベンチに入れるという選手層の薄さ。

 それでも勝って行くのは、自分たちの一年の秋を思い出させる。


 一年の夏から、いきなり甲子園に出場して、そして全国制覇を果たした今年の白富東。

 もうやることは全部、やってしまったのと同じであろう。

 新チームは三年生がそのまま抜けて、あまり強くない。

 真琴がホームランを打ったりするが、真琴のホームランに頼らなければいけないほど、打力の層が薄いのだ。

 直史としては、母校が強くなるのは素直に嬉しい。

 一人の選手の存在によって、強いチームが出来上がるというのは、確かに普通にあることだ。

 春日山の上杉が、まさにその例であった。

 なんだかんだ言って白富東は、一人に依存しきってはいない。


 来年以降、果たしてどれぐらいの選手が入ってくるのか。

 それが白富東の、二年目の結果につながる。

 おそらく春のセンバツは、出場するところまでで充分に難しい。

 この時点ではまだ、トーナメント表も抽選されていない。

 また甲子園に出たとしても、まず強いところには勝てないだろう。


 直史たちが出場したのは、センバツが先であった。

 一応ノーヒットノーランなどを達成して、鮮烈なデビューを飾っている。

 しかし甲子園を知っている、大阪光陰の方が強かった。

 その大阪光陰は、夏には一年の真田を実質のエースとして、白富東と死闘を繰り広げたわけだが。

「そうかあ、野球をやってるのかあ。ちなみに白富東にはスポーツ推薦があるのを知ってるかな? 偏差値はちょっと高めだけど、体育科もあるんだぞ」

 勧誘をするわけにはいかないが、地元では普通に話を広めている直史である。


 何も即戦力でなくてもいいのだ。

 鬼塚ならば一年あれば、戦力にしていけるだろう。

 ちょっと上手い程度の素材であっても、充分に通用するのが今の白富東の選手層だ。

 二遊間の内野の要が、片方は女子というのだから、ちょっと苦しすぎるところである。

 星の娘となると、ちょっと遠い親戚のような感覚であるが、それよりも娘が可愛い直史である。

 真琴は出来るなら、ピッチャーに専念した方がいい。

 だが昇馬のボールをキャッチするのと、昇馬をリードするのは、真琴以外に一人もいないのではないか。

 おそらく一年生にいいキャッチャーが入ってきても、夏までに上手くなるかは、かなり微妙なところである。




 調整の名目で、直史は東京に残っている。

 実際のところそれは本当で、テレビで見ている甲子園の雰囲気は、ちょっと他のピッチャーでは勝てるものではなかった。

 昨日のフェニックスとの第二戦でも、ライガースはハイスコアの打ち合いを制したのだ。

 完全に勢いはライガースのものとなっている。

 もっとも、ああいう空気の中でも、勝っていったのが上杉であり自分であった。

 しかしさすがにもう、ファイナルステージで四勝は無理だ。

 日本シリーズで四勝するほうが、日程的にもはるかに楽である。

 年を取ったな、と思っている直史だが、高校生の娘がいれば当たり前だ。 

 なお今年もまだ無敗である。


 百目鬼も相当に頑張ってはいるし、追い詰められているのはライガースの方のはずなのだ。

 それなのに甲子園の応援団は、大声援で選手たちを後押しする。

 ライガースは去年の日本シリーズで負けたことを、屈辱に感じているようなのだ。

 ただ直史が見るには、今年はアドバンテージを持っている、千葉がそのまま日本シリーズに進出してくると思えるのだが。


 また道頓堀川に、飛び込む人間が現れるのか。

 風物詩ではあるが、警察の皆さんも迷惑しているので、たいがいにしておいた方がいい。

 とりあえずペナントレースでは、どうにか勝つ必要がある。

 最終戦、大介との勝負を申告敬遠で避ければ、かなり安全に勝てるとは思うが。


 自分たちの試合は、スターズ相手にオーガスが投げるのが、一番確実だと思われる。

 ただライガースもライガースで、負けるわけにはいかないのだ。

 10月4日に延期された試合、ライガースが使うピッチャーは、おそらく畑になるだろう。

 しかし試合展開次第では、他の先発もリリーフに使うかもしれない。


 ペナントレースを制するかどうかで、おそらくどちらが日本シリーズに進出するかどうか、決まると思う。

 甲子園の大声援をバックに戦えば、レックスのピッチャーを萎縮させることが出来る。

 そのあたり樋口とも話したものだ。

 もっとも樋口と武史が揃っていても、ペナントレースはともかくクライマックスシリーズでは、ライガースに逆転を許したことがある。

 ライガースというチームと、大介の爆発力が、親和性が高すぎるのだ。




 結局のところ、試合は8-3という展開でライガースの勝利に終わった。

 甲子園ではどうにか主導権を握っていかないと、あっという間に試合が終わってしまう。

 夏の余韻が、まだまだ残っているのだろうか。

 もう一ヶ月も経過して、秋季大会の季節であるのに。


 ライガースは相変わらず、勝利しかもう許されない展開だ。

 一つでも引き分けがあれば、勝率でレックスを上回ることは出来なくなる。

 そしてレックスも、一勝すればそれでいいし、引き分けでもぎりぎり勝率で上回ることが出来る。

 自力優勝はちゃんと残っているのだ。

 それに対してライガースは、もう自力優勝はない。


 有利なのはレックスで間違いないのだが、ライガースには勢いがある。

 この勢いを止めるとしたら、それはもう直史だけになるのだろう。

 だがやはり直史は、もっと確実なことを考えていく。

(タケを相手にしても、平均で一点は取れてるんだよな)

 今年のNPBの武史の防御率である。

 一度負けがついているのは、当然ながら点を取られたからだ。


 もっともその負けは、前の試合で直史と投げ合ったため。

 また直史と、そこまでの投げ合いをするだろうか。

 スターズは今年、勝ち進めてもクライマックスシリーズのファイナルステージまでだ。

 レックスはともかく、ライガースと対戦すれば絶対に負ける。

 それはレックスとライガースのチームの特徴の違い。

 そして三位のスターズは、ライガースと対戦する場合、必ず甲子園で戦うことになる。


 武史は単純に数字のみを見れば、故障後には衰えた上杉よりも、上の部分がある。

 ただし上杉のような、チーム全体を強化するような、絶対的な精神力はない。

 そんな状態で甲子園で戦えば、必ずライガースには負ける。

 そしておそらくレックスも、アドバンテージよりはむしろ、甲子園で戦うことによって、ライガースには負けるだろう。


 とにかく残り三試合のうち、一試合でいいから勝つか引き分けることが重要だ。

 そうすればペナントレースを優勝し、アドバンテージを取ることが出来る。

 もっともそれでも、ファイナルステージで逆転される可能性は残っているが。

 直史の支配力は、味方を高めるものではない。

 相手のチームを萎縮させるものであるのだ。

 それをどうにか、大介のバッティングは鼓舞するかもしれない。

 今年の直史は基本的に、大介との勝負を避けてきたのだから。




 試合を見終わって、直史は考える。

 明日は関東に戻ってきて、神奈川スタジアムでスターズとの試合だ。

 あるいはここで直史が、少しだけローテで無理をして投げるのが、一番勝率は高くなったのかもしれない。

 そこから二日空いて、神宮でのスターズとの試合。

 スターズのローテは武史のはずで、ここで変えてくる理由はあるだろうか。


 あるにはある。

 スターズがクライマックスシリーズで、どちらと対戦したがっているか、という話だ。

 スターズが三位になるのは、もう決定している。

 ファーストステージで、レックスとライガース、どちらに当たれば勝てる確率は上がるか。

 ライガース相手では、おそらく負ける。

 しかしレックスを相手にしても、レックスは絶対的エースを一枚持っていて、他の部分もチームとしてのスタイルは、スターズに似ている。

 似ているがおおよそ、スターズを上回っている。


 これが上杉のいた時代であれば、彼の牽引力でチームは、本来のもの以上の力を発揮しただろう。

 ピッチャーも野手も無理をして、けっこうな数の怪我があったのが、上杉時代のほぼ唯一悪い側面である。

 ライガースのファンも、選手たちの背中を押す。

 だが上杉は先頭に立って、選手たちを引っ張っていったのだ。

 どちらにしろ本来の力以上に、選手たちはそのパフォーマンスを見せた。

 結果として故障してしまうのは、肉体的な限界があるのだ。


 国際大会で直史は、何度か上杉と同じチームになっている。

 なのであのカリスマ性は、しっかりと把握していた。

 大介と一緒にすると、混ぜるな危険で化学反応を起こす。

 それでもやりようによっては、勝てなくはなかったのが、MLBでのシーズンであった。

 もっとも上杉が投げて大介が打てば、さすがにそれは勝てない。


 総合的なチーム力で勝てばいいのだ。

 相手の強いところには、こちらの弱いところを当てる。

 そして相手の弱いところを、こちらはほんの少し強い力で、確実に勝って行く。

 そんな都合のいいことが、なかなか起こらないのが野球である。

 しかし一発勝負をするならば、日本は強いのだ。


 忘れてはいけないが、上杉は甲子園で優勝したことがない。

 そのあたりはもちろん、上杉のピッチャーとしての評価を低くするものではない。

 だが計算して、相手の隙を上手く突くというのは、やはり勝つための方法を知っていないと出来ないことだ。

「う~ん」

 スターズは武史で勝負してくるだろう。

 だがライガースは、そこで負けても他の二試合を勝って行く。

 レックスの場合は、直史が当たればそこさえも勝つかもしれない。

 また他の試合も、勝てる可能性は高い。




 ライガースの残る試合は四試合。

 最後の三試合は、相手のスタジアムでのアウェイゲームだ。

 ビジターとなったライガースは、甲子園の強烈な声援を得ることは出来ない。

 スターズかカップス、どちらかに負けないものだろうか。


 負ける可能性は充分にあるのだ。

 明日のフェニックス戦は、大原が投げるとはいえ、まだ甲子園での試合となる。

 次のスターズ戦とカップス戦は、津傘とフリーマンのローテになっている。

 基本的には勝率の高いピッチャーである。

 しかしそのピッチャーでも、それなりに取りこぼすのがライガースというチームなのだ。


 終盤の力というのが、ライガースは強いと思われている。

 正確には、勝つべき試合で勝つ力と言うべきであろうか。

 ペナントレースで優勝できなくても、そこから逆転して日本シリーズに進出する。

 そこから日本一になるというのが、大介のいた時代には多かった。

 去年はクライマックスシリーズで、完全に力を使い果たしてしまったが。


 延期になった試合に、直史が投げたとする。

 神宮での試合であるので、申告敬遠も使って確実に勝てばいい。

 ここまで完全に勝ってきたので、直史ならば可能のはずだ。

 そう自身で思っていても、ライガース相手だと計算外のことが起こる。

 大介を相手にしたら、と言うべきであろうか。


 直史が公式戦において、最も多くのホームランを打たれているのが、大介なのである。

 ただそれを言えば、大介は直史との勝負をすると、打率が二割程度にまで下がってしまう。

 相性がどうとかではなく、そもそも直史相手に打率が二割あれば、超一流なのである。

 統計の上では、直史が投げれば勝てる可能性が高い。

 しかし野球は、10回のうちの一回を、最初に持ってきたチームが勝つスポーツなのだ。


 おそらくレックスが勝つよりも、ライガースが負けることを考えた方が、可能性としては高くなるだろう。

 そもそもスターズとカップスを相手に向こうのホームゲームなのだから、かなりの不利にはなる。

 ここまで甲子園で、声援とプレッシャーを受けながら戦ってきたライガース。

 それがなくなったら、あっけなく負けるというのは、確かに考えられる話なのだ。

(考えても仕方のないことだが……)

 スターズが武史を、投げさせないという選択肢もあるだろう。

 その場合は明らかに、レックスが有利になるが。

 ただ木津に、三勝目を期待するのは酷でもある。

 レギュラーシーズン、有利のはずがプレッシャーは強い。

 レックスとしてはどうにか、最終戦までに優勝を決めてしまいたいところであるのだ。

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