第4話 暗闇の中で
菅野がふと気が付いたとき、目の前は真っ暗だった。
ここはどこだ。
目を開いたつもりでも、網膜には何も映らない。
身体はどうだろうか。確かめると、手や足の感覚もない。意識だけがある感じだ。
一方で、耳は聞こえる。ピッピッをいう規則正しい音が聞こえる。鐘ではない、なんと表現していいかわからない、聞きなれない規則的な音だ。
また、耳から入ってくる情報として、規則正しく何かを吸っては吐いている音もする。これは呼吸音ではないだろうか。でも、自分自身に呼吸をしている感覚がない。何かがおかしい。
また、においも感じることができた。ほんのりアルコールのにおいがする。
アルコールのにおいとなると、病院だろうか?
菅野は冷静になって、できることとできないことを調べてみることにした。
できないこと・・・目が見えない、呼吸はできない(しかし、苦しさはない)、声も出せない、手足は動かせない。
できること・・・耳は聞こえる。鼻もにおいを感じることができる。あと、意識はあって、こうして思考をすることもできる。
なんとも不思議だ。
視覚がなく、確定はできないが、ここは病院らしい。遠くの廊下からは人の気配がした。
そういえば、同じ輸送機に乗っていた本村閣下は大丈夫だろうか。無事なら、きっと同じ病院に収容されているに違いない。後で起き上がれるようになったら看護婦を呼び出して聞きださなければ。
しかし、目が見えないと入る情報も限られるな。
早く目が見えるようになってほしい。耳と鼻だけでは不自由だ。失明した人というのはこれほど大変なのか。まさか、私は失明してしまったのだろうか。
少しだけ不安になってきた。
でも、痛みや苦しさは感じないから、どうやら身体は安定しているらしい。
生きている。ひとまずはそれだけでよいか。
また何かあればソ連兵が呼び出しに来るだろう。それまでは休憩させてもらうとするか。
菅野はそう結論付け、わからないことは後回しにすることにした。
この何にも拘束されず、支配されない開放的な、心地よい感覚はいつぶりであろうか。
少なくとも、参謀本部に配属されて、ほどなくして大東亜戦争が始まって以降は、ずっと勤務でろくに休む暇もなかった。これはきっと神様がくれた休みなのだ。
今現状何もできないなら、それに逆らわないほうが良いだろう。勝手な行動をしてソ連兵に難癖を付けられても嫌だし、私の些細などうでもよい行動がソ連の気に障り、ゆくゆくはお世話になった上官たちの生死に関わっては申し訳がない。
菅野はそう結論付け、考えるのをやめることにした。
久しぶりの解き放たれた心地に浸っていると、また菅野の意識は遠のいていったのだった。
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