幕間 「” 王”カルディア」

 セル・ウマノ魔術学院の最奥、最も目立つが誰も立ち入れない事でお馴染み、ついでに正式名称を誰も知らない事でもお馴染みになってしまった、通称”水晶塔”。

 

 その内部、名前通りに水晶に侵食された階段を、は上機嫌で駆け上る。


 最高の知らせを持って、私のパトロンへ会う為に!


「やあカルディア、調子はどうだい?最近の私は実に気が楽でねえ、もういっその事隠居してやろうかと思っていたところだ!」

「そりゃあ朗報だ、是非そうしてくれ。そして私達の前に一生現れるな、。お前さえ消え失せてくれれば、私達の頭痛の種も少しは減るだろうよ」


 誰も居ない、何もない、ただ白色の水晶だけが在る部屋。

 そこで私のパトロンは、背丈よりも長いであろう白髪を水晶の椅子に文字通り同化させながら、つまらなさそうな顔で座っていた。


 カルディア・テロス・メイリック。

 今は小柄な少女を模っている彼女こそ、他ならぬである。

 数十人目なのに初代とは矛盾しているが、最も適した表現はソレなのだから仕方がない。

 

 現在の彼女の体は人のものではなく、魔力の塊––––––––モンスターの魔石とほぼ同じ成分で作られている。

 水晶で作った人形に自身の記憶と記録を移し続けるとは、馬鹿げた所業としか言いようがない。

 とはいえ、目的を達成するまで死ねないと彼女自身が言い張っているのだから、困った事に止めたくても止められないのだ。


 今になって諦められても、それはそれで立ち行かなくなってしまうのだが。


「カルディア、その変な一人称はそろそろやめてくれないか?聞いている私まで気が狂いそうだ」 

「……無理だな。いつからかは不明だが、私達は私達になってしまった。最早私達は個を維持できず、故に全体の総意を示すしか無くなったんだ」

「うん、そういう話をしてほしかった訳じゃないんだけどねえ。まあいいさ、どれだけ馬鹿になっても君は君なんだ。そう、私のパトロンでいてくれる限り!」

「ああ、お前相手に真面目な話をした私達が阿呆だった。今すぐに回れ右して帰宅、隠居、自害を実行してくれ」


 表情一つ変えずに、けれど確かにノリノリでカルディアは私に毒を吐く。 

 どうやら今日の彼女は機嫌がいいらしく、部屋を覆う水晶に貫かれたり切り刻まれたりする事はなさそうだ。

 誠に残念だが、穏便に終わりそうだな。


「これでも一応、今日は真面目な話をしに来たんでね。お生憎様、ただ帰る気はさらさら無いんだ。約束を一つ、果たしに来た」

「はっ、お前との約束なんざ多すぎて一々覚えてないぞ。せめて、何回前の私達相手に作った借りかは教えてくれよ?」

「悪いね、金と物の話はまた今度にしてくれないかい?今回ばかりは、その手の話と訳が違う。……私の後継者足り得る人間が、ようやく見つかったんだ。それも二人だぞ?方針を変えた甲斐があったという物だとも!」


 話している内に、熱が入る。


 だが仕方ない、仕方がない事なんだ。


「––––––––実にも経ったが、私の方の準備は概ね終了した!後はたったの数年で、私を超える魔術師と錬金術師が生まれる筈なんだよ!」

「––––––––そんな謳い文句を聞いたのも数百年振りだな。あん時は確か普通に失敗したんだ、今回もどうせ同じ末路を辿るんだろ?」

「昔から疑い深いからねえ、君は。そう来る事は想定済みだよ。さっきまでの話はいわば前振りで、ある意味で本題はここからだ」

「何が言いたい、ヘルメス」


 無論、言う事は決まっている。

 

「一週間後あたりに一日、学院の決闘場を貸し切ってくれないか?君に、次世代の魔術師というモノを見せ付けてやろうかと思ってね。なに、後悔はさせないさ!」

 

 私と彼女の使命は本来二人で終わらせるべき物だと言うのに、我が弟子達へ背負わせてしまうのは心苦しいが、それでも。

 身勝手だと分かっていても、どうか信じさせてくれ。

 私の弟子は今度こそ、私の先を行くと。 

 その証明に、まずは彼女へ可能性を見せてやってくれ。


 私達はようやく、終わらせる為の旅を始められそうなのだから。


 * * *


 セル・ウマノ魔術学院の最奥、最も目立つが誰も立ち入れない事でお馴染み、ついでに正式名称を誰も知らない事でもお馴染みになってしまった、通称”水晶塔”。

 

 その最上階、名前通りに水晶で満たされた部屋で、は騒々しい友人を見送った。


「……全く。一組織のトップと言っても、別に暴君じゃ無いんだぞ。そう簡単に施設を貸切に出来る訳無いだろうが。……こんな無茶も今回だけだぞ、お前」


 いつの間にか椅子と同化していた髪の毛を引き剥がしながら、虚空に向かって愚痴を呟く。


 もう四千年も経ったのか、とか。

 またお前は私達をぬか喜びさせたいのか、とか。

 言いたい事は沢山あったのに、結局一方的に喋らせてしまった。 

 

「……弟子、か。お前がそれだけ入れ込むのなら、今度こそ上手く……いや、止そう。自分の目で見てもいないのに、期待だけしても意味がない」


 なら、自分の目で確かめてみれば良いだけの話。

 お前の用意するイベントに乗っかるだけなのも納得いかないし、弟子とやらを探してみよう。


 この街に滞在しているのなら、見つけ出すのは簡単。

 問題はその後、実際に会って話す時の方だ。


 ここ最近は真っ当に人と話していないし、変な喋り方に慣れてしまったので、このままでは怖がられないだろうか。

 ヘルメスに指摘されるのはムカつくが、一人称が私達では混乱させてしまうのも事実だし。


「……思考タイプの変更と口調の調整程度なら、一時間もかからない筈だ。私達はこれから一時的に機能を停止し、更新する––––––––”承認”」


 再度水晶の椅子に座り、そして自身を水晶で覆う。


「次の私達は、だった頃の私に一部回帰する––––––––”承認”」


 斯くして、私達は短い眠りに就いた。

 新たなる可能性を、夢見る為に。







 

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