第29話 「幽霊屋敷とうるさいひと」

 実に不気味で人気の無い師匠の屋敷に、勇み足で突撃する。 

 例え幽霊が出ようと師匠の作ったゴーレムが出ようと、まだ見ぬ魔導書を求める俺達の歩みは止まらない!

 

 ……と、つい先程までは思っていたのだが。


「やあやあ、親愛なる我が弟子達よ!––––––––なあ、私に言うべき事があるんじゃないかい?具体的には、報連相を一切守らなかった件について」


 赤く長く、そして癖がとてつもなく強い髪。

 魔術師の正装たる黒のローブ……ではなく、今回身に纏っているのは学院の制服。

 大量の指輪や腕輪を嵌めているのは変わりなく、杖を持っていなくとも感じられる貫禄に違いはない。

 そして何より、芝居ががった話し方とハスキーボイスから生み出される胡散臭さも、一切変化が無くて逆に安心できる。


 まさか家主が家の玄関で出迎えて下さるとは、同じ様な展開をプロスパシアの時にも食らった気がするな。


 どうして。


「……弁明させて下さい」

「ふむ。一応聞いてやろうじゃないか、少年」

「……師匠ならわざわざ伝えなくても問題ないと思ったんです。実際、こうして俺達の事を待ち構えてるじゃないですか」

「よし少年、君には名誉ある仕事を与えよう!実は欲しい魔導書があるんだが、遥か遠い北方の島にしか原典が無いらしくてな?」

「行くなら師匠も道連れですからね、絶対俺一人では行ってやりませんよ!?」


 師匠の目はいつになく本気だ。

 全力で拒否しておかないと、俺は島流しにあうだろう。

 今までは一応俺達を子供として見てくれていた師匠だが、俺達がちゃんと旅に出られると知られてしまった以上、本当に無理難題を押し付けられかねない。


「それじゃあ次、そこのお嬢様。何か弁明は?」

「……全部ノベルが悪い。うん、間違いない」

「よし少年、君にはもう一つ名誉ある仕事を与えよう!実は欲しい手記があるんだが––––––––」

「何で!?どう考えても責任の量は同じですよ、流石の俺も抗議しますからね!それに何ですか手記って、絶対魔導書より探すのが面倒じゃないですか」

「何、ただの戯れだとも。流石の私も愛弟子を一人で死地に送り出す気はないさ。無論、二人以上なら別だがね?」


 師匠は意味深に、そして不敵に笑う。

 とはいえその笑みに意味があるかは不明なので、いざとなった時に全力でごねる覚悟を決めるだけに留めておこう。


 はてさて、この後はどうしようか。

 このまま師匠と押し問答を続けたところで意味はないし、どうにか切り上げて部屋の一つでも奪いたい所だが。

 一人頭を悩ませていると、先程まで黙っていたテラスさんが声を上げる。

 

「……ヘルメスって、私以外の人と話していてもその態度なんですね」

「そりゃあ当然だとも。一切素ではないが、生憎とこんなキャラで定着してしまったせいで今更変えるに変えれない!私を憐れんでくれても良いんだぞ?」

「死んでも嫌です、お断りします」

「そうかそうか、そんなに私が嫌いか!いやホント、何故君は私をそこまで嫌うんだい?嫌われる様な事をした覚えはないんだがねえ」

「自覚なかったんですか!?話しかけてきての一言目が”やあやあそこのお嬢さん、突然悪いがちょっと解剖させてくれないか?”だった人を好ましく思える理由はこの世に存在しないんですけど!」


 ––––––––話を聞いただけで寒気がしたのは久し振りだな。

 師匠、本当に何がどうなればそんな不審者になれるんですか。

 それを言った後なら叩き切られても文句は言えないし、言ってはいけないと思う。


「……テラスさん、むしろ何でまだこの人と関わってるんですか」

「まあ、一応ちゃんと魔術薬学も教えてもらいはしましたし……学院への入学許可をくれたのもヘルメスではあるし……差し引き助けられてはいるからなー……」

「だろう?感謝こそすれ、恨まれる筋合いは無い筈だとも!」

「師匠は多くの人から恨みを買っている事実を早く認識して下さい。それと、俺達が師匠の元を訪ねた理由なんですが––––––––」

「なんだ、金の話なら帰ってくれよ?あと、屋敷は自由に使ってくれて構わない。掃除は少年に任せるけれどね?」

 

 何故そこで俺を名指しにしてきたのかは不明だが、ともあれ屋敷の使用許可が降りたのは助かる。

 住居の問題が無くなったのなら、次は金に関してだが……テラスさんによれば、

この街にも冒険者ギルドがあるらしい。

 早めに冒険者資格を取れば、食いっぱぐれる事は無い筈だ。


 よって、話は一番最初に戻る。

 即ち、学院への入学方法だ。


「単刀直入に言いますと、師匠から学院への入学許可を頂けないかと。学院の教師に書状を書いてもらう事が入学の条件なら、師匠に頼むのが先決だと思いますから」

「あー……そういやそんなシステムだったか、いやあ忘れていた。今から書いてくるので暫し待っていてくれ––––––––なんて言うと思ったかい?世間とは、君達が思っている程緩くは無いのだよ!」

「……まあ、師匠はそういう事するよね。幸い屋敷は使えるらしいし、明日から他の教師を探そうか。ノベルもそれで良いよね?」

「そうですね、他に手もありませんし」

「いやいやいや、ちょっと待ってくれないか。師匠の扱いがそれでいいと本当に思っているのかい?もう少し話を聞いてくれないと……年甲斐も無く泣き喚くぞ?」


 ……でも、師匠からの書状に固執する必要は無いんだよな。

 

「第一、入学許可を出すのも大変なんだよ。いや、一筆書くだけだから簡単なんだが……入学後に生徒が問題を起こした場合、連帯責任で書状を書いた教師に飛び火するからねえ。最近じゃあ、どの教師もあんまり書きたがらない」

「だから、師匠以外から書状を受け取ろうとするのは悪手だと?」

「その通り!それに私だって、弟子にはさっさと入学して貰いたいとは思っているよ?ただ、タダで渡すのが気に食わないというだけで」


 俺はこれでも九年ほど師匠と会ってきたので、師匠の言いたい事は大体理解できる様になってしまっている。

 そして、今回の師匠の意図を推測するのなら。


 師匠は俺達に、書状を盾にして雑用をやらせようとしている!


「……じゃあ、何をすれば書状を書いてくれるんですか?」

「そう、問題はそこだよ。流石に今から魔導書とかを取りに行ってもらうのも、現実的じゃあ無いだろう?何かいい案はあるかい?あるなら採用しようじゃないか!」

「そこは俺達に投げたら駄目な部分でしょう!?でも、手早く終わるならそっちの方が楽ですね。それと、金が無くても何とかなる物でお願いします」

「聞いておいて何だが、意外と条件が多いな?時間も金もかからず、私としても楽で面白い事……ああ、そうだ。を何処でお披露目したものかと悩んでいたが、最高の機会じゃないか!」


 師匠は下を向いてぶつぶつと何かを呟いた後、まるで悪魔の様な笑みを浮かべながら俺達を見据える。

 その様子に何とも言えない不安を感じたが、今更逃げる訳にもいかない。

 覚悟は既に決まっている。

 場合によっては、全力でごねる覚悟が。


「––––––––ノベル、それにレクシー。は君達の十八番だろう?見せ付けてやらねばならん相手が居るんだよ。君達、次世代の魔術師というモノを!」


 

 

 


 


 


 



 





 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る