第2章 学院入学編
第13話 「成人」
九年。
俺がこの街に訪れてから、既にそれだけの時間が流れたらしい。
その間に、俺は。
魔術を学んだ。
体術を覚えた。
歴史を知った。
そして、何度も何度も親友と武を競った。
一応は義理の姉弟でもある上、何なら俺の結婚相手にされてしまう可能性も未だ存在する……のだが、どうしても親友か悪友と呼称した方がしっくり来てしまう。
同盟相手の家から送られた養子、という面倒な立場だった俺に対して裏表なく接してくれた彼女には、未だ感謝してもしきれない程だ。
「俺たち両方を呼び出すなんて、もしかしてまだ怒ってます?あの時は間違っても死傷者が出ない様、細心の注意を払っていたと申し上げましたよね、父上」
「それに、アレの首謀者はノベルだからね。私まで呼ばなくってもいいと思うんだけどなー。帰っていい?」
「ちょっと待って下さい、貴方も乗り気でしたよね!?共犯者ですよ共犯者、一人だけ逃げようとしないでください」
……感謝する気になれないタイミングが多過ぎる事に関しては、今の所目を瞑っておくべきだと考えている。
友人関係という物は、その位の方が案外長続きするものだ。
俺には友人のサンプルケースが前世も今世もほとんど存在しないので、適当な推測でしかないのだが。
「はー……騒がないで下さい。子供ですか?そして大変残念ですが、今回は説教ではなく貴方達の将来に関する話です。普段と違って真面目に聞く様に。いいですね」
眼鏡の男は、灰色の髪を苛立たしげに掻きながら、それでも笑顔だけは崩さずに俺たちへ語りかける。
彼こそは、アストロ・スティル・プロスパシア侯爵。
百七代目プロスパシア家当主にして、俺の義理の父親だ。
そして当然ながら、彼女––––––––レクシー・スティル・プロスパシアの実の父親でもある。
彼女の美しい灰色の髪や金色の目、圧倒的なまでの魔術の才能は、彼からの遺伝による物なのだろう。
もっとも、冷徹な人間の様に振る舞っておきながらも苦労人気質な所までは遺伝しなかった様だが。
「今更ですが、貴方達は成人しました。それも、つい一昨日に。ノベルはまだ誕生日を迎えてはいませんが、本来なら二人一緒に成人の儀を済ませる予定だったので誤差でしょう。本来なら、の話ですが」
「……やっぱり例の事故関連の話じゃないですか」
「いやー、成人の儀前日に屋敷の庭を吹っ飛ばす事になるとは思わなかったよね」
「ええ、本当にそうですね。二人纏めて海に沈めましょうか?……というのは冗談ですので、早めに本題へ入りましょうか」
一切目は笑っていなかったが、冗談という事らしいので気にせず話を聞こう。
ここで大人しくしておかないと、冗談が冗談で無くなってしまう。
「貴方達には、これから話す二つの道の内どちらかを選んで頂きます。一つは、アルフレッド家との契約に従い––––––––消去法的に、貴方達二人で婚姻を結ぶ方針」
「あー……とりあえず、幾つか確認しても?」
「お好きにどうぞ。私に答えられる範囲であれば、仕方ないので答えます」
「では。アルフレッド家との契約内容の仔細についてと、もし仮に結婚した場合にその後何をしなくてはならないのか。そして、どこの何が消去法だったのかを答えて下さい。そのあたりを知っておかないと、選びようもありませんから」
「……おー。これ、私が考えなくてもいいね?ノベル、後は任せた」
隣で何の躊躇いもなく思考放棄宣言をしている奴は一旦置いておいて、ここは真面目に考えなければ。
話の当事者を放置するのは良くない気がしないでもないが、彼女自身に当事者意識が欠如している以上はどうしようも無い。
そもそも、自分の人生がかかっている事を彼女は理解して……いるんだろうな。
多分全部理解した上で、面倒だから俺に思考を丸投げしているのだろう。
……だから、余計にタチが悪いんだよ。
「アルフレッド家との契約は単純、我々が彼らのビジネスの後ろ盾になる、というだけのものです。我々の方が立場としては上ですので、彼らが裏切れない様に君を人質として養子にした訳ですね。まあ、何かあっても君を殺す気はないですが」
「おや、随分と買ってくれたんですね。殺す気はないなんて、こちらに来たばかりの頃だと嘘でも言ってくれなかったでしょうに」
「ええ、全くです。君は面倒事ばかり起こしているにも関わらず、屋敷の者には何故かよく思われている。そのせいで、私が下手な事をした際に暴動が起こりかねません。当主としては頭の痛い事態ですよ」
そこまで俺は人気だったのか、驚きだな。
九年間、全ての人間にできる限り礼儀正しく接してきた意味はあったと、今初めて知る事ができた。
「さて、次は……婚姻後の業務についてでしたか。基本的には私の仕事を補佐して頂く事になりますね。その過程で経験を積み、最終的にはアルフレッド家を始めとした他家との外交を任せたいと考えています。如何ですか?」
「如何も何も、俺には無理な仕事に思えますね。謹んでお断りします」
「レクシーはともかく、君には可能でしょう。君は阿呆ですが馬鹿ではありませんし、嘘も吐けて自衛も出来る。適任だと思いますよ」
「少なくとも、現状だと無理ですね。まあ、一応考えてはおきますが」
「……なんか無視されてるけど、流れで私が悪く言われてなかった?私だって、やろうと思えば大体の事は出来るんですけど」
やろうと思えば、なんて言っている奴は基本的に一生やる気を出さない。
当然、ソースは俺だ。
「後は……何でしたっけ」
「父上が仰った”消去法”が何に対しての言葉なのか、ですね」
「ああ、それは簡単な話ですよ。同盟をより強固な物にするため、例え形式だけであってもノベルには私の娘の中から誰かと結婚して頂かないと困りますから」
「それは分かっていますが、今回の話と何の関係が?」
「定期的に屋敷の壁を吹き飛ばす魔術狂いの人間なんて、いくら顔が良くても結婚したい物好きはそう現れないでしょう?」
「……レクシーをそこまで悪く言う必要は無いでしょう。まあ、否定はしませんが」
「何を勘違いしているんですか?君も魔術狂いの枠ですよ」
レクシーと同類に括られるとか、流石に納得がいかない。
俺を何だと思っているんだ、父上は。
破れ鍋に綴じ蓋と言えば多少聞こえは良いかもしれないが、結局の所厄介払いの亜種みたいな物だろう。
ここまで聞いたが、この選択は絶対にナシだ。
レクシーが何と言おうと、これだけは死んでも避けねばならない。
理由?そんなの当然、魔術研究の時間を守る為だ。
結婚云々はどうでもいいが、自由に動けなくなるのだけは本当に困る。
「言いたい事は山程ありますが……もう片方の説明をお願いします、父上」
「その様子だと、先程の提案を受ける気は無さそうですね。まあ予想通りなので、予定通りに次の話へ行きましょうか」
「流石は父上、俺たちの事をよく分かっていますね」
「そうですね、黙って下さい。それで、次の話ですが––––––––」
「前提として、魔術学院の存在は知っていますよね?」
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