第24話 考えようによってはゴブリンって人型のUMA
「ここが迷宮型ダンジョンかぁ……」
周囲一帯を占める石造りの壁を眺め、俺はしみじみとつぶやいた。
フィールド型のダンジョンも悪くはないが、やはり『私こそがダンジョンです!』と言わんばかりのこの風景は、迷宮型だけに許される醍醐味だろう。
魔石を使ったライトによって視界は確保されているものの、やはり薄暗く、それがなおのこと雰囲気を生み出していて面白い。
まあ風景おんなじすぎて迷いそうなのは怖いけどな。
一応無料で配布されている地図は持ってきた。
それに人が多く入るダンジョンなだけあって、所々に様々な目印が仕掛けられているので、少なくとも二階層辺りまで迷うことはないだろう。
「通りまーす」
「うぃっす、すいません! ……ここは邪魔になるか」
俺の横を、今ダンジョンに入ってきたばかりの人たちが通り過ぎていく。
完全にお上りさん気分で周囲を眺めていたが、入り口付近に留まるのはちょいとマナーが悪い、奥へ進むべきだろう。
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「ここら辺ならいいか」
五分ほどダンジョンを進み、地図上では割と端の方に位置する場所で俺は一息ついた。
その間モンスターには全く出会わなかったのは、幸運というべきか不幸というべきか。
特に二階層へ向かうルートなどは顕著だが、人が多く通る分出現したモンスターの大半は即座に狩られてしまうのだろう。
こりゃ来るダンジョンミスったかもなぁ。
今日の稼ぎが0になりうる可能性に若干焦りつつ、まあ今日はDランクダンジョンお試しに来ただけだし……と己の心を慰める。
すっかり戦う気分になっていたが、元と言えばこの指輪の力を見るのが主な目的だ。
「えーっと、確か……『水よ』」
手のひらを正面へと向けながらノリノリで、ほんのわずかに恥ずかしさを感じつつ発動呪文を唱える。
いやぁ、魔法の指輪がまさかこんな早くに手に入るなんてなぁ。
ヒマリは大したことないなんて言ってたけど、どれくらい水が出るんだこれ。
例えば水の玉が飛び出したりとか――
「――ぼげげんんんふむめぁっ!?!?」
サッカーボール大の水が俺の顔面に襲い掛かってきた。
「げほっ! こほっ! 手のひらとかじゃなくて宝石から出るのかよっ!」
ダンジョン攻略開幕早々に死ぬかと思ったわ!
鼻の奥に水が入り込んで苦しい、いやな方向で痛い。
つーんってする。
考えてみれば魔法は魔石から発動されるのだから当然なのだが、魔法と言えばこう、手を目の前にかざして唱えるイメージがあったので想定外だ。
文字通り魔法への好奇心に水を差された気分だ。
「はぁ……『水よ』」
なんとなく再び発動させた……もちろん今度はしっかり正面に魔石を向けている……魔法だったが、どうにも先ほどのそれとは様子が違う。
まるでバケツでも適当にひっくり返したかのような、水球とはまた異なる形での発動形態だった。
これはもしかして、俺の思考でも色々形状が変わってくるのか……?
この瞬間に様々な可能性が生まれた。調査が必要だ。
俺は周囲をぐるりと見まわし、モンスターが近づいてきていないことを確認してから、再び指輪へと向き合った。
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「大体わかってきたな」
指の先でバスケットボールよろしく水の玉を回転させ、水魔法をしばし使い込んでいた俺は一息ついた。
一度の発動で出せる水の量は今ちょうど俺が回転させている程度、つまりバスケットボール大。
イメージ量によって多少は変わるものの、十数倍だとか莫大な量は不可能。
俺の周囲、大股で二歩程度の距離なら自由に動かし、変形させることが可能だが、そこから離れるほどに操作の難易度が跳ね上がる。
体から離れた状態でちょっとでも意識がブレると、あとはただの水になってしまうと考えていいだろう。
慣性はある程度維持してくれるので軽く射出くらいならできるものの、そう大した速度は出せない。おおよそ俺がバスケットボールを投げた場合とそう変わらないだろう。
強大な水魔法、なんてものはまともにできず、基本は水を好きなタイミングで出せる程度の指輪と考えてよさそうだ。
「……まあそんなもんよなぁ」
体の周囲で水球をふわふわと浮かばせ、ちょっとだけ冷静になった俺はため息をつく。
いや、この魔法自体はかなり有用だ。
以前の熊肉が顕著だったが、モンスターに限らず獲物を飼った場合、どれだけ早く血を流し冷やすことができるかが肉の味を大きく左右する。
狩人の中には、獲物が川の近くにまで足を運ばない限り撃たない者すらいる程だ。
だが有用なのと満足するかどうかに因果関係は全くないっ!
魔法は派手なら派手なほどよいと俺は言いたい!
「まあでもヒマリの奴的には、多分一番便利なのをくれたんだろうな」
飲み水は重いしバッグの容積を取る。
さらにモンスターの血や地面を転がった時の泥など、水が欲しくなることは探訪者なら日常茶飯事だ。
本当に使い勝手がいいのをくれたのは間違いない。
やっぱりヒマリってちゃんと凄い探訪者なんだなぁ……
なぜだか素直に認めたくないが、やはりスズランが興奮するだけはある。
ちょっとだけ俺は彼女への評価を改めた。
「さってと……このまま帰ってっ!?」
横に浮かべていた水の表面に何かが写り込んだ。
俺は直観のままに前方へ大きく飛び、背後で何かが素早く通り抜ける音だけを聞いた。
「初めて見る顔だな」
さらに振り向きつつ五歩の後退、一気に距離を取る。
ダンジョンの薄暗いライトに照らされたそいつは、獲物をうまく仕留められなかったことにご立腹らしく、手にした武器を無茶苦茶に振り回し濁った叫び声をあげていた。
俺の腰ほどまでしかない高さの、褐色掛かった緑の肌を持つ人型。
しかしやせ細った胴体に比べ、異様に伸びた腕はどうにも歪な何かを感じさせる。
ダンジョンと言えば思い浮かべる姿の一つでもあろう、奴の名は――
「――ゴブリン、ね。探訪者が大分死んでるってのは本当らしいな」
その手に握られているのは、その姿に不釣り合いな銀の曲刀だ。
俺はその武器に見覚えがあった。
探協では10万前後で初心者向けの武器が売られている。量産品でどれも切れ味などがいい、とまでは言えないものの、その代わりに耐久性はしっかりとこさえられているのが売りだ。
そのうちの一つ、刀は確かにあんな見た目をしていた。
きっとかつては誰かが握っていたのだろう。
だが今はモンスターが乱雑に振り回す武器へとなり下がっていた。
「別に感傷的になるつもりはねえんだけどな」
別に顔も知らない誰かのものだ。
なんなら死んでるわけでもなく、武器をほっぽり出して逃げただけかもしれない。
なんたってここは一階層だ、地上まで逃げるのはそう遠くないし、ほかの探訪者だって多く通りかかる。
俺は木刀をリュックの横から引き抜き、いつも通り正面へ構えた。
が、まあちょうどいい。
なんたって俺は他の武器が欲しくて堪らなかったんだ。
ほかの探訪者の武器を奪うなんて真似したら、明日には探協に入った瞬間
「――それ、貰うか」
モンスター相手ならまあ、怒られはしないだろう。
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