第23話 優男……?
今日も探協は大盛況だ。
綺麗に整えられたどこか無機質な大部屋の中を、職員や探訪者たちがせわしなく行き来している。
そんな中、備え付けられたベンチに座り込んでいた俺は、手にしていた雑誌をじろりと眺め、大きくため息をついた。
「レベル10、か」
レベル10。
スライム狩りをメインとしていた俺だったが、実はこの数日レベルの伸びが一切なくなり、10で止まってしまっていた。
理由は分かり切っている、戦う敵が弱すぎるのだ。
一般的に探訪者はレベル、そしてランクという指標を基に潜るダンジョンを決めている。
二つあるとはいえそう難しい事ではない。ダンジョンの難易度はEからAのランクで区別し、各ランクには適正レベルが割り振られているだけだ。
そしてEランクダンジョンの適正レベルは1から10。
もうわかるだろう。俺はEランクダンジョンの適正ギリギリ、Dランクダンジョンの段階へ進む時が来ているというわけだ。
しかし俺の後ろ髪を引っ張る懸念がいくつもあった。
「でもなぁ……危ないよなぁ……」
EからDへ行くのなら当然危険度は跳ね上がる。
今の稼ぎでも毎日しっかりダンジョンに潜れば十分スズランは大学へ行かせられる、俺に無理をする必要はない。
ましてや俺はスキルをまだ一つも覚えていない。Dランクならメイン武器の第一階位、いわゆる基本スキルくらいは覚えていてもおかしくないというのに。
レベル10になって身体能力は多少上がっているのだろうが、それも正直あまり実感はない。
悩む俺の視線の先で、人差し指につけたリングがきらりと輝いた。
未知の食材、未知の環境、そして新たに手に入れたこの指輪。
ああそうだ、認めるのは悔しいが俺の心はうずいていた。まだ知らぬそれらを直接見たいと思ってしまった、雑誌やネットの記事で見るだけでは物足りないと思ってしまった。
「……いくか、Dランクダンジョン」
横の本棚へ、握っていた本をそっと押し込み立ち上がる。
ヒマリの言葉は少しだけ当たっているらしい。
スリルジャンキーってわけじゃない。でも俺は好奇心を捨てきれない、これだけは認めてやってもいい。
俺の意識のどこかで、あのケモ耳がほれ見たことかとでもいうように、ぴくんと立ち上がった気がした。
◇
「っと、ここが『サカウラ地下迷宮』か。Dランクはさすがに人が多いなぁ」
周囲を見回し俺はつい感嘆してしまった。
探訪者のボリュームゾーンはCからDと言われている、それ以上のダンジョンはさらに危険が跳ね上がるためだ。
さらに『サカウラ地下迷宮』はここらのDランクの中でも比較的推奨レベルが低い、出現するモンスターが全体的に弱いらしい。
結果、入り口の門近くには多くの探訪者がたむろすこととなっているようだ。
しかしそんな中でも、俺はやたらと目立っていた。
なぜか?
みなまともな鉄製の武器などを携えているのに、俺だけ木刀一本とリュックだけでいるからだ。
その上周りに一人もいない、見るからにソロ。
まあ目立つよなぁ。
初心者用の刀は十万前後で買える。
切れ味は大したことないが、かなり頑丈にこさえてあるそうなので、手入れさえ怠らなければ長く使っていけるのも間違いがない。
今の俺ならどうにか買うことはできるが……余裕と言えるほどの貯金でもなく、少しためらっていた。
「やあキミ、ここは初めてかい?」
はえーっと風景を眺めていた俺に、後ろから突然声がかかった。
「んぁ? そうだけど」
振り返るとそこにいたのは、優男といった立ち居での奴だった。
男にしては
柔和な笑みを浮かべたそいつは、俺の木刀を指さしながら、
「悪いが君の装備、まともに整えられているとは思えないね」
と、告げる。
彼の腰にはしっかりとした鋼鉄製の剣が刺されており、ところどころの関節にはちゃんと防具が充てられていた。
どうやら彼はこのダンジョンに潜っている探訪者の一人らしい。
「ボク達はここで二週間ばかし戦ってるけど、君みたいな人が死ぬのを何度か見てきたよ。だから警告させてもらう」
彼はつかつかとこちらへ近づき、俺を少しだけ見つめ告げた。
「探訪者は遊びじゃない、君も直ぐに死ぬぞ」
途端、後ろにいた三人の女性が一斉に黄色い声を上げた。
ミヤ様だの、かっこいいだの楽しそうに騒いでいる。
どうやらこの騒いでる三人はパーティメンバーなようで、
「悪いねうちの子達が」
と彼が、少し苦々しそうな顔つきで頭を下げた。
「気にしてねえよ。警告ありがとな」
やっぱり他人から見ても俺の装備ってごみなんだなぁ……刀だけでも買おうかなぁ……
ダンジョンに入る前からちょっと悲しい気持ちにのみ込まれつつ、警告をしたイケメンへ感謝がわりの手を振る。
とはいえせっかく来たのだしこのまま帰ってスライム狩りって気分でもない。
とりあえず様子見でダンジョンへ入ろうとした俺の肩へ、さきほどの彼が再び手をかけた。
「ああちょっと待ってくれ! 脅かして悪かったね。本当はね、ちょっと誘いに来ただけなんだ」
「誘い?」
「ああ。せっかくだからボクのパーティに入らないかい? 今のところ前衛がボクだけでね、少し心細かったんだ」
それは思ってもいない提案だった。
装備すら整っていない探訪者は危険を孕む、まともにパーティも組めない。
探訪者になってすぐ俺が思い知ったその日から、俺は今まで自分から誰かにパーティを組もうと持ち掛けたことは一度もなかった。
そんな俺がまさか他人からパーティを組まないか、なんて思いがけぬ幸運というしかない。
「マジ!?」
当然食いつかないわけがない。
パーティを組めるなら挑戦できる範囲は大きく広がる、一人じゃできない無理も通せるようになる。
それに彼はこのダンジョンに二週間も潜っているらしい、当然いろんなモンスターの知識も持ち合わせているはず。
一人なら長い時間をかけていたことを、大きく短縮できるかもしれない大チャンスが目の前に転がってきたわけだ。
「あー……悪いがやめとくわ」
しかし俺は少しだけ彼の背後を見て、断ってしまった。
先ほど彼を『ミヤ様』と呼んでいた三人が、ものすごい形相で睨みつけているのを見てしまったからである。
いや、睨むどころか一人は腰の刀に手をかけ、もう一人はゆっくりと矢を引き抜くまで行っている。
こりゃモンスターにやられるより、後ろの子たちに殺されそうだ。
というか刀持ってんのにミヤ様だけに前衛させてるのか、そりゃもう一人前衛が欲しいってなるわな。
「そうかい?」
残念そうな顔をするミヤ様。
後ろの様子には気付いていないのだろう、イケメンはイケメンで色々と大変ってわけだ。
「もし君の気が変わったら言ってくれよ、ボク達はしばらくこのダンジョンにいる予定だからさ」
「おう、サンキュな」
「無理をしないようにね」
いい奴だが長くかかわるのは怖い奴だった、本人以外の問題で。
ミヤ様に手を振り、俺はやっとダンジョンの門前へと近づくことができた。
「ふぃー……さすがに緊張するな」
肩をぐるりと回し、リュックの固定ベルトをしっかりと閉めなおす。
サカウラ地下迷宮。
初心者向けとはいえDランク、舐めてかかれば容易く命を落とすだろう。
このダンジョンは俺という人間がこの先、探訪者としてやっていけるかの試金石でもあるってわけだ。
武器は木刀と、ヒマリから貰った魔法の指輪一つだけ。
「さて、行きますか」
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