猛毒喰らいのダンジョン美食探求記~俺はただ趣味を楽しみつつ妹の大学費を稼ぎたいだけなのに、最強の狐耳美少女に懐かれたりする話~

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毒島シキミという人間

第1話 魔物喰い亭

「どうです?」


 自分でそう口にしたにもかかわらず、緊張にどくりと心臓が跳ねる。


 長い戦いだった。

 一昨年突如世界に現れたダンジョン、それを巡る探訪者となって早一か月。

 最低レベルのEダンジョンを毎日必死に巡った俺は、どうにかかき集めた十万円で屋台を一つ借りてとある店を始めた。


 その名も『魔物喰い亭』、文字通りダンジョンのモンスターから出た肉などで料理を出す立ち食いの屋台飯屋。

 今日はその開店日、そして今目の前にて『狂い鳥の魔ネギ包み揚げ』を頬張るのは、記念すべき第一のお客様というわけだ。


「なるほど、実に興味深い」


 そう口元を吊り上げたのは若い少女だ。


 彼女は現代日本に似合わぬ狐のような耳をぱたりと動かし、満足げに尻尾を振って口元を拭った。


 それを見ただけで俺の張っていた肩からゆるりと力が抜けた。

 探訪者に登録してから一か月、俺はこの日のために毎日この料理たちを作っては味見してきた。

 当然とでもいうべき味への自信、そして多くは語らないもののわずかに緩んだ少女の目元を見れば、はたしてどんな感情を抱いたのかなど一目瞭然だ。


「また来ます」


 静かに差し出された五百八十円を握りしめ、俺は人生で一番の大きな声を上げた。


「まいどありー!」

「ちょっといいかい?」


 矢継ぎ早に現れる影。


「へいらっしゃい!」



 初めて店を開いたら初日に人が来ないことはざら、飲食店ならば猶更で多くは数年で廃業してしまう……なんて聞いていたが、驚いたことに開店数分でまさかの二人目。

 どうやら今日の俺は幸運に恵まれているらしい。


 初めて手に入れた『自分の料理の対価』。

 その喜びを噛み締める間もなく、ぬぅと大柄な男が暖簾を払い現れた。

 その顔つきは実に厳めしく、体格も相まってどこか威圧的な雰囲気すら感じられるが、初めての喜びを手にしたばかりの俺にとっては彼の厳しい顔つきすら、どこか神々しい菩薩のものに思える。 


 さあ、忙しくなるぞ!


 フライパンをさっと拭い、包丁とまな板にアルコールを吹いてから俺は男の目の前、カウンターに乗っかった薬ケースを指さした。


「ではまずそちらの錠剤をお飲みください!」

「錠剤? ああこれか。ところでこれは?」


 怪訝そうにケースを眺める男。


「毒消しです!」

「……なぜ毒消しを?」


 そのケースには確かに薄い緑色をした錠剤がたんまりと詰め込まれていた、というのも俺が探訪者互助協会で買い込んできたのだから当然だ。


 確かに、飲食店で毒消しなど使うことはない。

 モンスターから受けた攻撃、誤って毒を飲み込んでしまった時などに使うのが本来の用途だろう。

 だがしかしこの店で出しているのは生憎ただの飲食店ではない。


 俺は自信をもって胸を張り、できる限り最高の笑みを浮かべて男へと語った。


「ご存じの通りモンスターの肉には毒がありますよね? 当店の食事はしかるべき手段で毒を除いてはいますが、万に一があってからでは遅いですからね! あははは!」


 ダンジョンを闊歩するモンスターの肉には毒がある、これは常識だ。

 毒性はいろいろあるが、血が凝固したり、すさまじい酸性だったり、ともかく腹を壊すから死ぬまでバリエーション豊か。

 しかしこの『魔物喰らい亭』はあえて・・・モンスターの肉やダンジョン産の植物を利用し、料理を提供する今までにない屋台なのだ。


「間違いないな」

「え?」


 俺の語りを聞いた男がこくりと頷き、おもむろに胸元へと手を突っ込んだ。


 いったい何が間違いないというのか。

 困惑する俺を尻目に彼は数秒ばかし胸元をまさぐると、一冊の黒い手帳を取り出した。


「アウトですね。じゃあお兄さん、話は署で聞こうか」


 ぱかりと目前で開くそれ、内側からこんにちわしたのは黄金の桜。

 世にいう警察手帳である。


 だらりと汗が頬を伝った。

 だってそうだろう? まだ店を開いて一週間どころか数分だ、『夢の日々が始まる』の『夢』あたりで終わったということだ。


「え!? ちょ、あんたらなにして、誰だアンタ!?」


 男の背後から複数人の警官が押し寄せ、俺の手足をがっちりと掴み引き摺って行く。





 今日、『魔物喰い亭』は廃業になった。

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