第十三話 ねぐら

 要塞のように盛り上がった地面を見てアタブは呟いた。

「こいつはもう攻めらんねえな」

「ええ。残念ながら撤退するしかないようです」

 アタブはしれっとうそぶいたラマトにうさんくさそうな視線を送っていた。

「で? あのお前の造花……泡を出す掟か? どんな効果なんだ?」

 事前の打ち合わせで自分たちが所持しており、天の牡牛との戦いで使えそうな掟は情報共有してある。とはいえ詳細まで知らせておく時間はなかったため、こういう質問をした。

「ただ泡を出すだけですよ」

「ああ? んなわけねえだろ。ただの泡で天の牡牛がびびるはずがねえ」

「それがそうでもないんですよ。天の牡牛は意外と臆病らしいです」

「あんなでけえのにか?」

「大柄で勇ましい人ほど繊細だというのもよくある話ではありませんか?」

 それがアタブに対する揶揄のように聞こえてアタブはちっと舌打ちした。

「ふん、てめえの目論見通り、奴も疲労したはずだからこれで撤退できるはずだな」

「ええ。上がまともなら……おや」

 ラマトの言葉が言い終わるよりも先に角笛が響く。

 撤退の合図だった。それに呼応したわけではないだろうが、ずんずんという地響きが遠のいていった。

「さて。ではわたくしも自分のギルドに戻ります。あなたも、お気をつけて」

 優雅にさっと身をひるがえすラマトには誰も声すらかけられなかった。




 天の牡牛はウルクから見て東にねぐらのようなものを持つという情報はほぼ全員に共有されている。

 だが、そのねぐらを見つけるためにどうすればよいか。

 実に単純だ。

 人海戦術である。

 近隣の都市国家からの目撃情報から判明した推測によると現代でいうところのザグロス山脈からウルクに向かう動きを見せたかと思えば再びとんぼ返りするという奇妙な動きを繰り返しつつウルクに近づいていた。

 であればザグロス山脈のどこかにねぐらのようなものがあると推測するのは当然だろう。

 そのためウルクは冒険者や社員を総動員してザグロス山脈のあちこちに斥候を放ったのだ。

 この地の厳しい太陽は彼らの気力体力を削っただろうが、それでも不断の努力で天の牡牛が立ち尽くしている場所を見つけた。

 ウルクの市民が言うところのエピフ山のふもとだった。




「立ってたの? 寝てなかったの?」

 ねぐらを発見したという報告を聞いてから素朴な疑問を口にしたのはミミエルだった。

「牛や羊は立ったまま寝るんだよ」

「そうなの? 器用ねえ」

「そもそもあれって牛なのかよ?」

 ターハの疑問もある意味当然だが。

「見た目は一応、牛でしたが……」

「大きさが違うだろうがよう……」

 猫と獅子が別の生物であるように、大きさの違いは決定的な種の壁になる。

 やはり遠目とはいえ実際に目にする天の牡牛は迫力が段違いだった。

「私たちは直接戦わないからいいけれど……討伐部隊はどうするつもりなのかしら」

 シャルラの疑問にはラバサルが答えた。

「寝込みを襲うか、帰路を狙うか……」

「多分、後者でしょうね。どのくらい休息すれば天の牡牛が回復するのか予想できません」

「勝てるのかしら……」

 ミミエルの不安な呟きには誰もすぐに答えられなかった。

「わしらはわしらの仕事をするしかねえ」

「そうですね。囮としての仕事はまだ残っています」

 討伐部隊がねぐら付近に到着するまで数日はある。それまでウルクにたどり着かせないように、なおかつ相手を疲労させるのはエタたちの仕事だった。

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