第五十四話 終戦

 ずらりと並んだ粘土板を一つずつ調べていてはいくら何でも時間が足りない。

 そのためにいくつか調べるうちにエタは法則がないかと考えた。。

「入り口から見て右手側にある粘土板が古そうですね」

「じゃあ、左手側の方が新しいってことか? 左側から調べたほうがいいな」

 ターハが面倒そうにつぶやくと全員それに続いた。

 手分けして携帯粘土板を調べていく。

 本来携帯粘土板は本人にしか起動できないが、持ち主が死亡した場合誰でも起動できるようになる。

 言い換えれば携帯粘土板で生死の確認ができるということだ。

 当然ながら、起動できない粘土板はなかった。

 黙々と調べる。

 ユセア、ココル、ラマト。数々の名前が並んでいる。

 ここにある携帯粘土板は目も眩むほど膨大だが、それと同じか、これ以上の死者がいることはより陰鬱な気分にさせた。


「あったわ」

 ほっとしたようにミミエルが呟いた。

 全員が集まって携帯粘土板を確認すると、やはりニッグの名前があった。

「ひとまずこれで弔ってやれるな。ラトゥスも少しは気分が晴れるといいんだがな。これからわしらはどうする? もう撤退す……エタ?」

 ラバサルがごく普通の展望を述べただけだが、エタは金縛りにあったように顔を硬直させていた。

(あった。ニッグの携帯粘土板があった。あってしまった)

 エタはあると確信していたし、そうであってほしいとも思っていた。

 だがそれでもこれから待ち受ける策謀の結末を想像すると冥界の門をくぐるように人として大事なものが失われていく気がする。

 それでもやらなければならない。

 何のために?

(シュメールをもっと大きくする。冒険者をなくして……姉ちゃんだった魔人を殺す)

 それは正しくはあるのだろう。

 だからと言って悪行を重ねてよい理由にはならない。

 果たして、いつかエタはその報いを受ける時が来るのだろうか。

 自問しているエタを不審に思った仲間たちが顔を覗き込んでいる。それを見てエタは覚悟を決めた。

「皆さん。お話があります」

 ただならぬ気配を察して三人は顔を引き締めた。




 それからは穏やかな川の流れのように順調に進んだ。

 遠征軍は無事に迷宮の核を見つけ、それを回収した。アラッタに継続的な利益を生む特産品はあったのかもしれないが、ウルクからあまりにも距離があるため当初から回収するつもりだったようだ。

 その核はあまりにも巨大で、急遽作られた荷車を数頭のロバでひいて何とか運ぶことになった。

 帰り道は極めて順調であり、暑さでやられそうになる人が何人かいたくらいである。

 勝利の報はウルクにまで届いていたらしく、遠征軍は盛大に迎えられた。

 なお、遠征軍を真っ先に出迎えたのは王の義弟であった。

 彼はイシュタル神の宝石を賜ったが如く喜色満面の笑みだった。その理由は遠征軍がアラッタを攻略したことよりも、自らが王位を継ぐことが決定的になったことだろうと推測できる人々はそう多くなかっただろう。

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