第五十二話 地下の番人

「でもよう。粘土板ってどこに保管されてんだ?」

 ターハの素朴な疑問は的を射ていた。

「確証はありませんが、普段行く場所ではないでしょう。最悪、迷宮の核の近くということもありますが……おそらくキングゥが守っていると思われます」

「ティアマト神が創造なされた魔物の一体よね? どんな姿をしているの?」

 ミミエルの言う通り、キングゥもティアマト神の子供の一体とされ、ティアマト神からある粘土板を託されたとも言われている。

 アラッタの魔物がティアマト神の子供たちと縁深いものであるのなら、粘土板の番人としては適役だろう。

 ただし。

「……わからない」

「おいこら」

「しょうがないじゃないですか……キングゥの姿ははっきりしていないんですから……」

「ならどうやって見つけるつもりだ? まさかわしらで手当たり次第にこの町を探すのか?」

「いえ、本営と交渉して見慣れない魔物がいれば教えてもらえるように手配しました。逆説的に全く心あたりのない魔物がいればそれがキングゥということで……」

 そこでエタの言葉は途切れた携帯粘土板に連絡があったのだ。

 何事かを話した結果。見慣れない魔物がいたとのことだった。

「えーと……見つかったかもしれません」

「あんた、たまに運がいいわよね」

 どうなんだろうか、とエタは自問した。運が良ければこんなところにいるのだろうか。




 もはや廃墟同然となった泥だらけの町を走る。

 冒険者の攻撃と蓄積の掟の弱体化によりアラッタは見るも無残なほどに荒れ果てていた。

 今は太陽が真上に位置しているが、おそらく日が沈むまでに暴虐の限りが尽くされるだろう。

 報告を受けた地点まで走る。

「エタ。キングゥは倒されたの?」

「いいえ。片角と片足を切り落としたそうですが、まだ健在だそうです」

「戦ってたやつらはどうなった」

「負傷したので下がったようです。ちなみに、キングゥは地下室に逃げていったらしいですね」

「地下室かあ。いかにもって感じだよなあ」

 エタも賛同する。

 すべてというわけではないにせよ、たいていの物を保存するなら地下室が適切だ。

 温度や湿度の変化をなるべく避けられるからだろう。

 ……ちなみに、ターハはいかにも敵が待ち構えていそうだ、という意味の発言だったがエタはそれに気づいていない。

 しばらく小走りする。

「ここですね」

 泥を踏みしめそれを見下ろす。冥界につながるかのように不気味で巨大な穴があった。

 ひび割れた階段がより一層陰鬱さを強調している。

「行きましょうか」

 エタが階段を踏もうとすると。

「あんたは下がりなさい」

 ひょいとミミエルに首根っこを掴まれ無理矢理後方に下げられた。

 もはや攻略寸前とはいえここは迷宮の内部であり、けっして油断していい状況ではないのだ。

 いつものようにミミエルが先頭で暗い地下室を降りる。

「松明はいらないわ。どういう理屈なのかよくわからないけど、明かりがあるみたい」

 地下の奥深くにちかちかと点滅する石のような何かがある。暗くはあるが目が慣れれば動けなくはないだろう。迷宮が弱体化しているから明かりも万全ではないのだろうか。

 底まで降りると想像通り静謐な空間がそこにあった。

 壁に貼り付けられるようにずらりと携帯粘土板が飾られている。墓のようでもあり、勲章のようでもある。

 そこに、祈るように、大柄な影がいた。

 影はゆっくりと振り向く。見た目だけなら大きな人間だった。だが明らかに人ではない。

 神、あるいは間に連なる大きな二本の角。

 そして何より……それには顔がなかった。

 面をつけているのではなく、そぎ落とされたかのようにのっぺりとした顔のような何か。

 一説には。

 キングゥは人を作る素材にされたという。

 であるのならば。

 素材となったキングゥには健常な人ならあるはずの何かが欠けていても不思議ではないのではないか。

 無言、当然ながら無表情のそれはこちらに敵意を向けてきた。

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