第五十一話 詰め

 たった数日前まではあれほど堅固にそびえたっていた城壁はあちこちがひび割れており、その上に立つクサリクたちの動きも緩慢だった。

「目に見えて効果があると思わなかったわ……」

 茫然とした声はともにシュメールと同じ部隊に組み込まれているニスキツル所属のシャルラだった。

「掟が弱体化している影響が建物にも出ているんだろうね」

 もしかすると城壁そのものが石を蓄積させてできた壁なのかもしれない。だからこそあれほど堅固であり……迷宮の弱体化と共に劣化したのか。

 これはエタにとっても予想外の幸運だった。

「あたしたちにはあんまり関係のないことだけどね」

 ミミエルの言う通り、シュメールはまたしても本格的な攻城戦には参加しないことになった。

 これはエタの策によってアラッタが弱体化した功績……ではない。

 そもそも、エタの提案で水攻めが行われたことは表向きにされていない。この功績は遠征軍の全体のものになるだろう。

 エタは功績を受け取るよりもそれを他に渡して恩を売ることを選んだのだ。

 これについてミミエルとシャルラは良い顔をしなかったが、その代わり攻略後の恩賞を約束されたのでエタとしては願ったりかなったりではあった。

 ただし、迂遠なもの言いながらこれ以上武勲を立てるなと暗に言われたために後方勤務を願い出たのであった。




 ずしんと重い音が響いて城門が破れると同時に一気に遠征軍がなだれ込む。

 これでもはや趨勢は決まったと言ってよい。

 先日の水攻めのごとくアラッタの内部を蹂躙する遠征軍はまず、別の城門を目指した。もちろん内部にもクサリクなどはいるはずなのだが、どうやらほとんど足止めにすらないっていないようだ。

 別の門を開け放つとそこからさらにアラッタの内部に侵入できる兵は増えていく。

 トエラーの号令によりさらに兵隊の侵入が許可された。

「僕らも行きましょうか」

「え? 行くつもりなの?」

「できるだけ安全な場所に行くつもりだけどね。シャルラはいったんニスキツルに戻ったほうがいいよ。リムズさんはまだ功績が欲しいみたいだったし」

「そうね。あまり危険なことはしないでね」

 シャルラと別れ、エタはシュメールの面々と共にゆっくりとアラッタの城門をくぐった。

 例え遠征軍の一部に組み込まれているとはいえ、迷宮の核を見つければ莫大な褒賞が受け取れるのは間違いない。

 目の色を変えてアラッタに侵入するのは無理からぬことだ。

 エタのようにのんびりしているのはほぼ例外だ。

「それで? どこに向かうつもりよ?」

「粘土板の保管庫、かな」

「粘土板を? そんなもんなんに……ああ、蓄積の掟だったか」

「はい。蓄積の掟を持っているため、僕らの持ち物なども蓄積しているはずです。……というか、そうでなくてはおかしいのです」

「どういう意味だ?」

 ラバサルは慎重にあたりを警戒しながら進む。もはや戦闘の趨勢は決したとはいえ、クサリクなどから不意打ちを受けないとは限らない。

「ニッグの粘土板がなかったんです。それどころか、アラッタの魔物に殺された人はすべて粘土板を持っていなかったそうです」

「一つや二つならともかく、誰も持ってないってことは……掟の効果かしら」

「多分ね。アラッタの魔物に殺された人は粘土板がアラッタに蓄積されてしまう。だからニッグの粘土板を取り戻したいんだ。手伝ってくれる?」

 この世界のウルクでは他人を弔う場合携帯粘土板も弔うことが一般的だ。

 携帯粘土板を元の粘土に戻すと掟は消え、天井の神々のもとに戻るとされている。確かではないものの、多くの掟を神々のもとに返した冒険者の親族には神々の加護があると信じられている。

 実際に掟を蓄え、天寿を全うした人の親族が富を得たり、病におかされていたいた子供が急に元気になったという話は多々ある。

 つまり都市国家の人々にとって粘土板は自らの存在証明にも等しい。

 それを失うことは自らの生きた痕跡をなくすことであり、できるのなら取り戻したいと思うのは当然だった。

「しょうがないわね」

「おう!」

「異論はねえ」

 三人は意気揚々と返事をする。……だがエタにはさらに別の考えがあった。

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