第四十二話 悪戦苦闘

 敵の奇襲部隊の方角へばらばらと守備隊が集まってくる。

 予想通りと言うべきか、今一つ統率を欠いていたが、それ以上に人数が少なかった。

「これだけですか?」

 この部隊の指揮官らしき人物に尋ねたが、返ってきたのはやるせない言葉だった。

「しょうがないだろ。司令部の守備を優先するって言うんだからさ」

 確かに奇襲部隊にさらに別動隊がいないとは限らないが、保身を優先してるようにしか見えなかった。

「エタ。おめえは避難してろ。気絶されたらわしじゃかばいきれん」

「ラバサルさん……すみません」

 あえてきつい言葉をかけたのはエタの身を案じてのことだろうと分かっていた。

「クサリクと戦うときは首飾りを狙うように他の仲間にも指示してください。アラッタの外にいるクサリクは首飾りを壊されると倒れるみたいです」

 ミミエルの観察と前日の襲撃で何人かの冒険者や傭兵からそういう話を聞いたため、エタはラバサルにそう伝えた。

「わかった。おめえも気をつけろよ」

目線を交わしてから、エタは早足で立ち去った。

 そのまま食料や非戦闘員の避難を手伝うつもりだった。

 そこで知己と出会った。

「ラトゥス? そうか君もここにいたのか……」

「あ、エタ君だったよね。ごめん、手伝ってくれる?」

 詩を吟じていた時と同じ暖かい声だったが、今は切羽詰まって、体も汗ばんでいた。

 彼は明らかに自分より大柄な負傷兵に肩を貸していた。負傷兵は動くことさえままならないようだった。おそらく城攻めで負傷したのだろう。

「もちろん。他にも手助けが必要な人はいる?」

「うん。あっちの天幕に怪我してる人が集まってる。敵が攻めてきてるんだよね?」

「そうだね。ここまで来るかはわからないけど、なるべく防備の厚い司令部近くに行こう」

 エタも負傷兵に肩を貸す。

 行軍の地鳴りがすぐそばに迫っているような気がした。




 予想に反して奇襲された遠征軍はよく持ちこたえていた。

 敵の人数はそれほど多くなく、アラッタから出たクサリクの弱点である首飾りを集中して狙い、上手く敵を倒すことができていたのだ。

 これはエタの数日前の進言が末端にいきわたっていたためだ。

(これならいけるか……?)

 ラバサルの心の声は全員を代表するものだっただろう。

「ゴアアアアアア!」

 鼓膜を破裂させるほどの咆哮が聞こえるまでは。

 戦闘のただなかであるというのに、その声に視線を向けると、獅子の顔を持った翼ある四本足に蛇の体、総括すると怪物としか言えない竜が猛然とこちらに向かっていた。

「ウシュムガルか!?」

 ティアマト神の子供とされる怪物の一つ、ウシュムガル。その名を叫んだラバサルは先日まで知らなかったのだが、クサリクの出現により他のティアマト神の子供である怪物を警戒したエタによって全員に教えられていたのだ。

「いかんぞ!? 全員気張れ!」

 ラバサルの𠮟咤激励によって盾を構える手に力を込める。

 誰もが巨大な怪物との衝突を予測し……その瞬間は来なかった。

 ウシュムガルは防衛部隊と接触する直前にふわりと跳んだ。その巨体からは信じられぬほど軽やかな動きで、防衛部隊に巨大な影だけを残し、誰一人傷つけぬまま、また、傷つけられぬまま野営地への侵入を果たした。

 あまりの出来事にしばし茫然としていたが、事態は致命的に悪化してしまったことを悟ったラバサルが再び叫んだ。

「誰か! あのウシュムガルを止めろ! あのままでは手当たり次第に殺しま……ぐう!?」

 悲痛な叫びをかき消すようにクサリクが襲い来る。

 改めてラバサルは敵の周到な罠に舌を巻いた。

(城攻めの部隊を引き込んでこちらを混乱させ、別動隊で本陣を狙う。しかも機動力のあるウシュムガルまで使って! アラッタはどれだけの力を隠し持っているのだ!?)

 ラバサルには焦りと驚愕ばかりが募っていた。

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