第三十九話 わずかな綻び

 神々に木の器、魚を捧げ、勝利を祈願する儀式は朝焼けの中で行われ、さらに一日休養したことで士気もある程度は回復した。

 だがどれだけ息を巻いたところで敵の守りが弱くなるわけではない。

 数日ほど、繰り返しのような光景が展開されていた。

 攻める、のぼる。

 打ち下ろす、守る。

 飽きれば命が消える単純作業。

 だがようやく均衡が破れるときが来た。


 しかし誰かが叫んだ。

「おい! ここの門、崩れそうだぞ!」

 周囲の兵士たちは一斉にその門を見た。

 城の内部に入る方法はいくつかある。

 例えば城壁を越えること。地下道を掘ること。

 そして城門を破壊すること。

 城壁よりももともと通過することを前提として作られている城門の方が破壊しやすいのは必然だろう。

 もちろん遠征軍も城門を攻撃してはいたのだが、かなり強固に作られていたため、効果的な攻撃ではなかった。

 しかしその努力が実ったのか、銅製と思わしき城門は亀裂が入り、あと一押しで破壊できそうだった。

 そうなるとがぜん士気は上がる。

 目的のない道のりよりも終着点が見える道の方が走る気力がわくものなのだ。

 密に群がる蟻のようにひびの入った城壁へと殺到する。

 本営もその報告を聞いて総攻撃を指示する。

 しかし。


「まずい」

 エタは独語した。シュメールの面々は以前の器づくりでよく働いたと判断され、ここ数日で一度しか戦闘に参加していない、戦場を眺めていた。

「エタ? 何がまずいのよ」

「これは罠だ」

「罠って……城門が破られることがかよ?」

「あの場所は壁が二重になっている場所です。あそこから中に入ってもすぐに行き止まりになります。物見台から見たので覚えてます」

「本営はそのことに気づいて……なさそうだな。どうするエタ? わしらで本営を説得するか?」

 エタを含め、この遠征を俯瞰できている人間は遠征軍の上層部の指揮能力に懐疑的だった。

 一事が万事行き当たりばったりでちぐはぐな印象を受けていた。

「行くしかないで……」

「その前に」

 エタの言葉をじっと戦場を眺めるミミエルが遮った。

「『荒野の鷲』がその罠にかかっているかもしれないわよ」

 いつの間にか舞い込んだ任務失敗の窮地にエタは思わず呻いた。


 ひびの入った城門を攻撃し続け、ついに門は砕かれた。

「進めえええ!」

 雄叫びを上げ、門を踏み越え、城の内部に侵入する。ようやく見つけた突破口だ。否が応にも勢いは増すというもの。

 何度か角を曲がり、進み続ける。

 しかしその勢いはすぐに止まった。

 城の内部には広場があった。

 何もなく、ただただ土だけがある。

 しかしそこは、外と同じく城壁がそびえ、外とは違い、ぐるりと周囲を囲んでいるようだった。

 広場の奥に、城壁と同じか、あるいはそれ以上に堅固に見える門が待ち構えている。

 誰しもが一瞬自失した。

 ただし一人だけ、ニッグだけが叫んだ。

「罠だ! 戻れ!」

 その言葉は間に合うことなく、城壁の上から、石と槍が雨あられのごとく降り注いだ。

 この罠は特別な仕掛けがあるわけではない。

 わざと城門を破壊しやすくしておき、敵を城の中におびき寄せ、堅固な壁と門で足を止めた後一斉に飛び道具で仕留める。

 人間同士の戦争では珍しくもなんともない。

 だがやはり、油断というものがあったのだろう。魔物が周到な罠を張るとは思っていなかった。

 あるいは人間同士の大規模な戦争がここ最近起こっていないことによる経験不足かもしれない。

 いずれにせよ、それらの代償は血で払うことになる。

 そして、この罠の完成は、退路を断つことだ。

「誰か! 壊した城門の道を閉めさせるな!」

 ニッグの叫びは正しい。

 壊された城門の上にいるクサリクが、あらかじめ用意していた大岩を落とし、通路を塞ごうとしていたのだ。

 だが、そこにたどり着いた遠征軍はいない。

 このままでは冥界に攻め込んだイシュタル神のように、城に侵入した遠征軍は囚われ、殺されるだろう。

 クサリクたちは無表情のまま岩を落とそうとして。

 ひゅるりと糸が巻き付いた。

 それらは岩とクサリクをがんじがらめにし、もがくことしかできなくさせた。

「よっしゃあ! 命中!」

「あたしの掟を使っておいて自慢しないでくれる?」

 ターハは快哉を叫び、ミミエルは口をとがらせながらもほっとしていた。

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