第三十六話 きこりの軍隊
コン、コン、コン、コン。
木を切る小気味良い音が山の斜面に響く
異なる律動で数十もの木を切り崩すその様子はまるで楽隊のようでもあった。
少なくとも軍隊には見えなかったであろう。
単純作業であるが良い器を作ったものには褒美を出すという触れが出ていたため、皆それなりにやる気はあるようだった。
そしてシュメールの面々は極めて素早く作業を進めていた。
何しろ、ラバサルは『樹木を切る掟』が宿った石斧を持っている。太い幹を小枝のように切り落とすラバサルには称賛の眼差しが集まっていた。
エタもまだらの森での経験を活かし、木を効率的に切り落とす方法を伝授していた。
……しかもそのコツを他の冒険者たちにも少額の対価で教えていたのだから、やはり根っこのところで商人気質なのだろう。
ミミエルもまだらの森で大蟻を倒していたばかりではなく、伐採作業に加わることもあったので手際が良く、ターハも持ち前の怪力を活かして樹木の運搬などに従事していた。
シュメールのように順調に作業を進めていた企業やギルドだけではないが、雰囲気は悪くなかった。
……誰もが心の中でひっそりと、あの城壁に挑むよりもましだとおもっていたのだろう。
この辺りはウルクに比べると降水量が多いのか、背の高い樹木が少なくなかった。しかしそう時間が経たないうちにめぼしい木は切り倒されてしまった。
さてそうなると木の器を作らなければならない。
本来こういう木材加工を行う場合、樹木を乾燥させるべきだが、そんな時間はない。
切り倒した樹木を早速加工し始めた。
……無論、苦戦しているものが多かった。
この遠征軍は戦うために集められた集団であり、細やかな作業が苦手だったのだろう。
しかしここでも。
「ラバサルさん、うまいですね」
「おっさん、無駄に器用だよな」
「無駄は余計だ」
反論しながらも、仏頂面の下にわずかながら嬉しそうな表情があった。
短刀を器用に使い、器を削る。さらにはエンリル神を象徴する嵐をあしらった模様さえつけている。
一朝一夕で身に着けられる技術ではなさそうだった。
「だー、やっぱこういうのは性に合わねえ」
反対に投げ出しそうになったのはターハだ。
見た目通り、性格通り、ちまちました彫刻にはやくも飽きがき始めていた。
「せめてノミかなんかがあれば……あ」
そこでじっとターハはエタを見た。
最初何故なのかわからなかったが、エタははっとして声をひそめた。
「ターハさん。いくらなんでもメラムを纏った突きノミは貸しませんよ」
メラムを纏った掟を持っているのならばあらゆる都市国家の市民が羨望するだろうが、余計なやっかみも招きかねない。
公衆の面前で取り出していいものではない。
「そんなこと言わずによう。先っぽだけでいいからさ」
「お断りします。アトラハシス様から賜った大事な掟を他人に貸して、ましてや本来の用途と異なることをするなんてできません」
突きノミの掟は『粘土板を砕く』。それゆえ樹木を彫ってもあまり効率は良くないだろう。
もちろんターハにそんな道理は通用しない。
「いいじゃねえか。な? な? 礼はするからさ」
「いやです」
「頼むよ。一回くらい触らせてくれよう」
「そんな金の製品じゃないんですから……」
酔っぱらいに絡まれているようでげんなりしていたが、ミミエルが手近な枝でぴしゃりとターハの腕を打つと、ターハはにやりと笑い、拳を突き出す構えを取った。
(本気じゃないのはわかるけど……ここで喧嘩はやめてほしいなあ)
何とか仲裁の手段を考えていると。
「あれ? ニッグ?」
体格の良い茶髪の少年、そして今回の護衛対象であるニッグが近づいていた。
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