第三十五話 予言

 夕刻まで続いたアラッタへの攻撃は大した戦果を挙げずに終わった。

 意気消沈して野営地まで冒険者や兵たちは野営地まで戻る。

 しかし、その野営地の前で大音声が響いた。

「遠征軍指揮官、トエラー様よりお言葉がある! ありがたく頂戴するように!」

 無論、あまりいい反応はなかった。今日の城攻めはほとんど成果を上げられなかったのだ。直接罵るような声はないが、不満げな表情を浮かべたり、小声で悪態をつくものは少なくなかった。

 用意された壇上に上がった威風堂々たるトエラーの姿を見れば、ざわめきは収まった。見た目とはそれだけで大いなる神秘を纏うのだろう。

 もちろん、トエラーの内心が恐怖と焦燥でいっぱいであることに気づいているものはほとんどいなかった。

「皆の者! 初日の奮戦ご苦労であった! そして犠牲となったものたちの献身、痛み入る!」

 一度言葉を区切ったトエラーは一枚の粘土板を取り出した。

「我らの奮戦を称え、ウルクのイシュタル神殿よりお褒めの言葉を賜っている!」

 トエラーはさらに音吐朗々とイシュタル神殿からの賛辞を読み上げた。それに涙を流したものも少なくない。

 ウルクの市民にとって神とは偉大なる主人であり、神に最も近い神殿に仕える者たちは無条件の忠誠の対象なのである。

 とはいえ、友人知人が死亡したものたちはやや苦々しい表情だった。

「さらに、この戦いに我らの勝利をもたらすための予言を託してくださった! 拝聴せよ!」

 これには今まで鼻白んでいたものたちも驚いた。

 イシュタル神殿の予言など、そうそう聞けるものではないはずだ。

 固唾をのんで耳をとがらせた。

「川の岸辺に魚がいる。魚は虫、苔、石を食べる。その向こうには神の池があり、木々の中に一際大きい木がある。魚に餌を与え、木の器をつくり、池の水を汲み、神々に捧げれば、アラッタの力は弱まり、により我々は勝利を得るだろう」

 まるで謎かけのような予言に誰もが首をひねった。

 魚、川、池。木の器。

 それらの言葉が木霊のように人々の間を巡った。神々の予言ならばこそ、我々の知恵が試されているのだ、と奮い立つ者もいた。

 事実、古の予言は余人に容易く理解できるものではなく、百年後にその意味が分かったとされるものもある。

「我々は予言に従い、川で魚を捕らえ、木を切り倒し、器を作る! これらの作業は明日中に終わらせる!」

 トエラーの短絡的極まりない解釈には疑問の声が上がりかけたが、何の躊躇もなく断言されてしまうと人は反対意見を出しづらくなってしまうものだ。

 ましてやそれが一軍を預かる指揮官から発せられたとなれば無理もない。

 結局明日は戦闘せず、休息と神々への捧げものの準備に取り掛かることとなった。


「わしらはどうするんだ?」

 ラバサルが全員を代表して、エタに尋ねる。

「器づくりに参加しましょう。今日僕たちは働いていませんから余力があります。それに、やっておかないといけないこともあります」

「エタぁ? お前なんか企んでるだろ」

 エタの妙に確信のある言葉にターハが突っかかってくる。

 エタは否定しなかった。

「考えはありますが、まだ上手くいくかどうかはわかりませんので。ひとまず真面目に仕事しましょう」

 三人はすまし顔のエタが邪知甘寧を張り巡らす悪霊パズズのように見えた。

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