第二十八話 防戦

 野営地の中は死骸を見つけたカラスのように騒がしかった。

 今まさに敵が迫っているのだから当然ではあるのだが、統率の乱れからそのような事態になっているのは軍として甚だよくないことであった。

 そこでエタは目的の人物を見つけた。

「シャルラ!」

「エタ!? あなたどうしてここに!?」

 シャルラの明るい髪と首から下げたエレシュキガルの神印が彼女の困惑を現すように大きく揺れる。

 彼女の疑問に答えたのはエタではなく、背後の彼女の父、リムズだった。

「私が呼んだ。先ほど彼から連絡があったので合流するべきだと判断した」

「そ、そういうことじゃなくて……どうしてウルクに帰って……」

「今はそんなことを議論している場合ではない」

 ぴしゃりとリムズが言い切るとシャルラは二の句が継げなくなった。

 エタのことを強い視線で睨み、ぼそりつ告げた。

「あとで話を聞かせてもらうからね」

「うん」

 とても平坦な声と表情に寒気を感じたが、今はそんな状況ではないと自分に言い聞かせた。

 陣地防衛において重要なのは敵を簡単に侵入させない設備だが、そもそも奇襲を想定していないこの野営地にたいした備えはない。

 しかしニスキツルはもともと攻城戦の準備として梯子などを用意しておりそれらを組み合わせることで簡易の防壁をすでに作り始めていた。

 これはリムズの指示によるものだが、この状況でも上司の命令に従順な社員の冷静さが発揮された結果だ。もちろんそれもリムズの日ごろの備えあってのことだが。

 ニスキツルはある程度自衛能力がある。

 だがまだ敵の規模がわからないのと、遠征軍の上部からの指示がまだはっきりとしないため独自で応戦しなければならない。

 すなわちエタがやるべきことは、さらに味方を増やすことだった。

「みなさん! 聴いてください!」

 一部ではすでにクサリクと交戦が始まっており、混乱がより一層深まり始めた野営地の中にエタの声が轟き、兵士や冒険者は何事かとエタを見た。

「現在アラッタの魔物から、襲撃を受けておりますが、我々は抵抗の準備を進めています!」

 それは見ればわかる、と言わんばかりの視線がエタに向けられる。が、しかしそれは現実を見ていない。組織だった防衛の準備は少なくとも目に入る場所ではニスキツルくらいしか進められておらず、個人、ないしは少数の集団で判断して勝手に動いているのがせいぜいだった。

「我々はあちらで防衛陣地を構築し、さらに弓兵がすでに敵に向けての射撃を始めています!」

 暗がりではわかりにくかったが確かに弓弦を引きならす音が聞こえていた。

「ですが弓兵を守護する戦力が足りません! そのため、弓兵を護衛していただいた方にはウルクの通常の労働者の日給に相当する金額をお渡しします!」

 暗がりでさえギラリと光る目がはっきり見えた。

 ただ単に頼むだけでは人はなびかない。明確な利益がなければならないのだ。

 それがたとえ生死にかかわる戦場であっても。

「いいだろう。わしはその話に乗るぞ」

 ちなみに真っ先に声をあげたのはラバサルだ。

 当然ながらエタの仕込みである。

 賛同する空気を作るためだった。

 その狙いは正しく、決して少なくない人々がエタの指示に従い始めた。

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