第二十六話 目前に迫る都市
(偽り……か)
アンズー鳥に言われた通り、夕日に背を向けて東に向かい、野営の証である焚火の狼煙が見えるようになっても彼の言葉が気にかかっていた。
当たり前だがエタは人の心を見透かす方法をもたない。
そもそも知恵の神エンキ神ならばともかく、人の身で人の心をすべて推し量ることなどできはしない。
……姉のイレースの苦境に気づけなかったように。
「いや、逆なのかな。嘘や偽りを見抜くんじゃなくて……」
携帯粘土板を操作してイシュタル神殿の巫女の筆頭であるラキアに再び連絡をとる。
我ながら、心がどんどん黒くなっていると自覚しながらも。
再びミミエル、ラバサル、ターハの三人と再会したのはもう日が完全に落ちた後だった。
「エタ!」
エタの姿を認めると、真っ先にミミエルが駆け寄ってくる。
その後にラバサルとターハが続く。三人とも安堵の笑みを浮かべていた。
「無事で何よりだ」
「おう! お前も結構しぶといよなあ」
「あはは。おかげさまで」
「それで結局、何があったのよ」
「夜道でオオカミに襲われたんだよ。それからまあ、ある人に助けられたんだ」
アンズー鳥の忠告通り、具体的に何があったのかはしゃべらなかった。
ターハとミミエルはしつこく聞いてきたが、何とかしてはぐらかしていた。単純に忠告に従っていたというのもあるのだが、エタがアンズー鳥の存在を知らせることであの家族の生活が脅かされるような事態は万が一にも避けたかった。
「それで、今はどういう状況なんですか?」
「どうこうもねえ。もうアラッタは目と鼻の先だ。今は夜だから見えねえが、昼ならわしも目視できたくらいだ」
「多分、明日にでも迷宮の攻略が始まるわね」
エタはどうやらちょうどよく間に合ったらしい。
「王子候補の様子はどうですか?」
「セパスもニッグも平穏無事。お前が倒れてから事件なんて何もなかったよ」
「なら、事件が起こるとすれば今からということですね」
想像でしかないが、暗殺などは状況が混とんとしている方が良いはずだ。
迷宮の攻略中などはまさに、絶好の機会だろう。
「今日が最後の休息ね。あんたもここまで一人で疲れたでしょ? 今日はもう休んだら?」
「そうだね。明日からは忙しくなるし……」
王子候補を守りながら迷宮を攻略しなければならない。
王子の護衛が第一の任務とはいえ、企業の業績と信頼を守るためにはまったく迷宮の攻略に参加しないわけにはいかない。
ミミエルの言葉に甘えて、休もうとした瞬間だった。
突如として角笛の音が響いたのは。
全員が困惑してあたりを見回す。
記憶の底からその音の意味を思い出したのはエタだった。
「これは、確か、奇襲の合図!? まさか、ここが何者かに襲われている!?」
事態は、休む暇など与えてはくれなかった。
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