第二十一話 花冠

 蛇がいなくなったことを確信してエタはへたり込んだ。

 今までため込んだ恐怖が一気に体にのしかかってきたのだ。

 荒い息を落ち着かせてから今までほとんど見ていなかった雛を見る。雛鳥もエタを不審そうに見つめていた。

 警戒はしているが、蛇のように敵愾心をむき出しにはしていないらしい。

 とはいえこのままではエタは単なる侵入者であり、親鳥の怒りを買ってしまうかもしれない。雛鳥の警戒を解くべきだった。

 エタは背嚢から干し肉と羊の油の欠片、そしてパンを雛の前に置いた。

「食べていいよ」

 優しく声をかけると、雛鳥はちらちらと食べ物とエタを交互に見ながら、それでも食欲に勝てなかったのかパンをくちばしでかじり、口の中に入れた。

 ころころと今まで聞いたことのない鳴き声を上げる。おそらく喜んでいるのだろう。

 パンをぺろりとたいらげると干し肉と油の欠片に食いつく。

 瞬く間にエタが置いた食料はなくなった。

 それから雛はすっかり警戒を解いた様子でまぶたが下がり始めていた。

(お腹がいっぱいになって眠くなったのかな? 本当に子供みたいだね)

 しばらく雛鳥を撫でていると雛鳥はすっかり眠ってしまった。巣に体をすっかり落としたせいで少し横に膨らんだようにも見える。

 空の様子を窺うと、まだ親鳥が帰ってくる様子はなかった。

 エタはしばし考え、木の上に生えている花を摘むことにした。この木に咲いている花だけではなく、蔓などが木に絡みついており、花の種類は樹上であるにもかかわらず豊富だった。

 ひとしきり花を摘むと、花冠を作り、雛鳥の頭の上に置いた。

 余った花は巣の飾り付けに使用した。アンズー鳥の親鳥の心証をよくなることを期待しての行動ではあったが、雛鳥に喜んでもらいたい気持ちもまた、真実だった。

 それから少し離れた樹木の足場に身を隠す。

 すると。

「ラアアアアアアルク!!」

 けたたましい叫びが聞こえた。


 二羽のアンズー長は驚くべきことに牡牛を一頭ずつそのかぎづめに引っ掛けていた。

 悠々と飛ぶ姿は自分こそがこの森と空の主であると主張していた。

 いつものように雛に呼びかける。

「ラアアアアアアルク!」

「クラアアアアアルク!」

 二羽は満足そうに叫ぶ。これだけの獲物なら子供もきっと喜んでくれるだろう。

 いつもなら雛鳥が返事をするはずだ。しかし応答はない。

 おかしいぞ、と思った二羽はもう一度呼びかけるが何も反応はなかった。

 いよいよ不安になった母鳥は父鳥に話しかける。

「あんた? なんかおかしない?」

「ほんまやな。あの子になんかあったんかもしれへん」

 今度は夫婦そろって不安な、警告の叫びをあげる。

「「アイイーイーイー!!」」

 必死の叫びは大地を揺るがし、山の生き物は獣から虫に至るまですべて地面や茂みにもぐりこんだ。

 しかしそれでも返事はない。

 いよいよ焦りが限界に到達し、二羽はより速度を上げる。

 ぐんぐんと巣に近づいた夫婦のアンズー鳥が見たものは、ぐっすりと眠りこける一人っ子の雛鳥ときれいに飾られた巣だった。

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