第二十話 蛇と雛
エタは慎重に斜面のある森を登る。
足を取られないように、いつ危険な獣が飛び出してきてもいいように警戒しながら歩く。
ここにきてまだらの森の経験が役に立っていた。
ただ、やはりアンズー鳥を恐れてか、ネズミ一匹見かけなかった。
思いのほか早く巨大な木の根元にたどり着いた。
おそらく木があまりにも巨大すぎて遠近感が狂っていたのだろう。
頭上の雲を見上げるように、木のてっぺんを眺めると、エタが十人寝転がってもまだ広々としていそうなほどの巨大な巣が見えた。
その巣から枯れ枝が落ち、からんと乾いた音を立てた。
(今は風がない。自然に落ちたものじゃないということは……やっぱり雛がいるのかな?)
しかしアンズー鳥の両親は両方とも獲物を狩りに行ったはずだ。雛を見ていなくていいのだろうか。
エタが巨大な木に触れ……なかった。
「え? この木、触れない? もしかしてこの迷宮の掟のせい?」
おそらくこの守りがあるからこそ雛を一羽にして大丈夫なのだろう。とはいえ掟であるのならば絶対に解けない守りではないはずだ。
少し木の周りを歩くと、正方形のくぼみがある台座があった。
さらによく見ると、三角形や四角形など、様々な形の木の板があった。
「これは……もしかして木の板を正方形のくぼみにはめればいいのかな?」
木の板を拾い、何度か試行錯誤し、くぼみにはめる。木の板はぴったりと正方形に収まった。
すると、ピンポーン、という軽快な音が響き、木の上から蔓が垂れ下がってきた。
「この迷宮の掟……『謎解き』か何かなのかな」
謎々を解いて進めるようになる。そういう障害が多数配置されているのかもしれない。
であるのならば、謎を解いて先に進んだ人間が害される可能性は低いかもしれない。
迷宮の掟は人間の感情や法律よりも厳格だ。謎を解いている限りエタは安全であるはずだった。
その後も何度か木の板を組み合わせたりすることで上へと登る。巨大な木にはまるで歓迎するかのように樹木でできた足場があった。
自分一人でいるときに自分向きの迷宮に迷い込んだことに少しだけほっとする。もしもこの迷宮の掟が『闘争』などだったなら生きては帰れなかっただろう。
自分でも驚くほど早く木の頂上、アンズー鳥の巣にたどり着いた。
そこには予想通り、アンズー鳥の雛がいた。ただしその雛の背はエタの胸ほどもあり、胴はエタが抱きしめても手を組めないほど太かった。
(驚いた。こんなに大きな鳥がこの世にいるんだ)
こんな状況だというのに新鮮な驚きと、興奮で顔が紅潮していた。
だがその興奮も冷めてしまう。
雛がけたたましく鳴き始めたからだ。雛の視線の先にいたのはエタの腕よりも太い大蛇だった。
雛鳥を狙っているのは明らかだ。
エタは反射的に巣の一部の枝を掴んで放り投げる。
蛇は巨体に似つかわしくない俊敏な動きでそれを避ける。空気が漏れ出るような蛇の鳴き声と同時にちろちろと動く赤い舌がエタに向けられる。
エタの恐怖は極限に達しかかっていたが、ぎりぎりのところでそれを押しとどめる。
オオカミで改めて理解したことだが、相手はエタの実力がわからない。だからこそ戦おうとする意志だけでハッタリとして機能する。
後はエタが勇気を出すこと。
しばしにらみ合う。その間にも雛鳥はけたたましい鳴き声を上げ続けている。
エタの祈りが神に通じたのか、あるいは……そういうことだったのか。
蛇は後ろを振り向いてするすると樹木を降りて行った。
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