第十六話 一人旅

 エタをはじめとした体調不良に陥った十数人はしばらく野外で療養することになった。

 幸いと言うべきか、数人を除き身動き一つとれないということはなかったので、水と食料さえあれば病人だけでもここにとどまることはできた。

 遠征軍がここを出発した翌日にはウルクから薬師が到着し、薬草を煎じた汁を飲み、二日、三日とするうちには多くの男たちが動き回れるようになっていた。

 もちろんそれは表面上だけで、やはり体と頭のだるさは抜けきっていなかった。

 そうなると畢竟、あることが話題に浮かんだ。

「これって本当に食あたりなのかなあ?」

 比較的症状の軽かった背の高い冒険者が口にした。

「誰かが毒を入れたってことか?」

 また別の冒険者が不満そうに口にした。

 せっかく気を張って遠征に参加したのに戦いにすら参加せず、ウルクに戻ることになりそうなのだ。

 誰かのせいで倒れたとなれば憤懣やるかたなしとなるのも無理はない。

「けど、毒を盛る時間なんてあったんでしょうか?」

 ここ数日でそれなりに仲良くなったため、エタも自然に会話に混ざった。

「それだよなあ。なあ、全員食ったものに共通点はあるか?」

 一人ずつ、食べたものを挙げていくが、共通点は見つからなかった。

 食べたものそのものには、なかった。

 だが、その食料の出どころに対してエタはに共通点を見つけていた。

(やっぱり、単純に毒を入れたとは思えない。何かの掟? ラバサルさんたちに極力毒に気を付けるように言っておいたけど……掟なら対処は難しいかもしれない)

 それこそ王の義弟が毒や病の掟を持つ冒険者を雇ったかもしれない。

(誰がどんな掟を持っているか。……もしわかるとすればイシュタル神殿くらいかな)

 一応イシュタル神殿のラキアとは連絡を取り合えるようにしている。その縁を頼って下手人の可能性がある人を絞り込めれば……希望的観測に頼るしかなさそうだった。




「うん。動けそうだね」

 軽く歩いただけなら息切れはしない。

 これならばゆっくり旅をすることはできそうだ。

 まだ朝日すら昇らない薄闇にこっそりと野営地から抜け出す。

 エタが遠征軍についていくつもりだと知られれば、止められるか同行を申し出られるだろう。

 この誰が味方か敵かわからない状況で他人と一緒になるのは避けたい。

 敵側があえて毒を飲んで容疑者から外れるという詐術を行使しないという保証もまた、ない。

「目に映る人みんなを疑わなきゃいけないなんて……気持ちよくないね」

 ぽそりと呟いた声は誰にも聞こえない。

 今日中にウルクに帰還することが決まった野営地は昨日のうちから引き払う準備が進められている。

 一応書置きを残しておいたのでエタを探すようなことはないだろう。

 自らが信仰するティンギル、ドゥムジに祈りを捧げ、道中の無事を願う。

 ようやく上り始めた朝日はすぐに雲に隠れてしまった。

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