第三十一話 独り言

「どうすっかな……」

 天幕の外で中に入る機会を逸したラバサルとターハは立ち尽くしていた。

 会話の内容は聞こえていたので状況は把握している。視界の端には遠ざかっていくミミエルが見えた。

「どうもこうもねえ。わしはエタに言葉をかける。おめえはミミエルを何とかしろ」

「何とかしろっつってもよう……不器用すぎだろう、あいつ」

 ラバサルもターハもミミエルがあえて憎まれ役を買って出たことはわかっている。

 エタのことを思ってのことだとも理解できる。

 やり方があまりにも極端すぎるとは思うが、おそらくああいうやり方しか知らないのだろう。

「本来わしらがやるべきだったことだろう」

「ま、そりゃそうかもな」

 あえて厳しい事実を告げるのは年長者の役目だ。

 それを年若いミミエルに先を越されてしまった。それに対して引け目のようなものを感じていた。

「しゃーない。あたしが見てくるよ。そっちは頼んだよ」

 手をひらひらさせて別れの合図を示した。


(まあ、気は進まないけどよう)

 ターハは自分のことを気ままな旅人だと思っているが、実際のところ彼女は面倒見がよい。特に、自分より年下、あるいは立場の弱い相手には。

 だからこそダメな男に引っかかったりもするわけだが。

「しゃあない。まずは見つけないとな……あ、いた」

 ミミエルはうずくまっていた。何かつぶやいているようだ。

(あいつ、やっぱりエタにあんなこと言ったの、後悔してんだよなあ)

 たとえ自分が傷ついたとしても相手を奮い立たせようとする。

 ミミエルという少女の異質な部分だ。何をどう育てばあんなふうになるのかターハには想像もできなかった。

「よう。ミミエル……」

 あまり深刻にならないように軽く声をかける。

 近づいたせいでミミエルの呟きが聞こえた。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。でもああするしかなかったの。あのままじゃあなたはここで立ち止まっていた。それだけはダメ。あなたにとっても、周りにとっても。ううん、あたしにとってそれだけはダメ。傲慢だとも思うし、愚かだとも思うわ。あなたがあなたの目的を諦めることを私は認められない。だってあの時私と一緒に約束したでしょう? 最後まで付き合うって。あなたも頷いてくれたわよね、エタ。きっとあなたならみんなを、あたしを幸せにできるわ。だからそれまでにどんなに辛いことがあっても堪えないと。あたしもどんなに辛くても堪えてみせるから。きっとあたしがあなたを危険から守って見せるから。正直に言うとね、あたしまだハマームを殺したこと後悔してる。あんな奴だし殺されても当然だし殺したいと思ったこともある。でもあいつだった魔人を叩き潰した後の感触が忘れられないの。自分でもひどいと思うけど、あんたの寝言聞いて安心したの。あんたもハマームの死に加担したことを後悔してたみたいで。ひどいよね。醜いよね。でもそれが本音なの。だからあんたがザムグたちが死んだからもっと衝撃を受けているのもわかってるつもり。あんなに可愛がってたもん。あたしなんかよりあんたの傷のほうがずっと深いわよね。その場に居合わせて、何もできなかったの、しんどいわよね。あたしもあの子たちに下山するように勧めたけど、頑として譲らなかった。あの時のあたしはまともに動ける状態じゃなかった、なんて言い訳してあの子たちを代わりに行かせたのは私の失敗よ。ううん、そもそももっとちゃんとあの子たちを鍛えておくべきだった。そうしたら、みんな助かったかもしれないのに。あんたが崖の下でぼろぼろになって気を失ってるのを見て、ザムグがニントルの掟を使ってあんたを逃がしたってすぐに気づいた。悔しかった。情けなかった。この世から消えたいと思った。きっとエタもそう思ってるわよね。もう逃げたいと思ってるわよね。でもここで逃げたらもっと後悔するのよ。何度でも言うけどそれは事実なの。逃げても何も解決しないのよ。それを許さないあたしのことを恨んでるでしょうね。あたしだって同じ立場なら恨むし憎むわ。それは構わない。でもあたしにあなたを敬わせて。信仰させて? だってあなたはあたしにとってのティンギルだから。あなたがあたしをどう思っていてもいい。身勝手と言われてもいい。それでもあなたはあたしにとって一番の神なの。だってあなたはあたしのことを救ってくれたのもの。だからあなたならもっと多くの人を救える。こんなのは理想の押し付けなのはわかっているけれど、それでもそう思わずにはいられないの。わからなくていいけれど、それでもあなたを信仰させて?」


「…………」

 ミミエルの呟きを聞き届けたターハは黙るしかなかった。

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