第二十六話 蝗
「みんな逃げて! こいつらには絶対に勝てない!」
「え? でもこいつ、そんなに強くなさそうで……」
「違うんだ! これは『イナゴ船』の分離体! だから、こいつらは本体から離れたうちの一体! いくらでもいるんだ!」
三人はぎょっとした。
いくら弱くても何十体もいれば勝ち目がないのは明白だ。
ディスカールが先導し、エタを支えながらカルムとザムグがひた走る。
『イナゴ船』は角ばった石が固まった船のような石の戦士だ。本体はそれほど強くないものの、攻撃するとはがれた石がイナゴになって襲ってくる。厄介なのは地面や岩にこすれただけで石がはがれることでイナゴをばらまきながら移動していることだ。
数の暴力により、石の戦士の中で最も活動範囲が広く、攻撃性も強い。
最悪の場合すでに囲まれているということもあり得る。
そしてその予想は間違っていなかった。
「み、右! む、群れがいる!」
ディスカールの視線の先を見ると、石のイナゴがうぞうぞと蠢いていた。
「多分他の誰かともう戦ってたんだ! だからイナゴたちは増殖してる!」
息を荒げながら現状を分析するが、状況を好転させる言葉は見つからない。
四人とも必死で走る。石のイナゴはあまり足が速くない。
だがエタがまともに動けないせいで追いつかれそうになる。
「ディスカール! 代わってくれ!」
エタに肩を貸す役割をザムグからディスカールへと交代する。
背後に迫る石のイナゴに対して携帯粘土板から取り出した杖を振るって追い払う。
あの杖には明日の天気を知る掟があるが、この状況ではただの杖でしかない。
それでも石のイナゴをひるませることはできたらしい。
すぐに引き返してエタたちと合流した。
「くそが! 前からも来てるぞ!?」
数匹の石のイナゴがぎりぎりと奇怪で不快な音を響かせながら迫る。今度もザムグが応戦している間に何とか敵の少なそうな方向へ逃げる。
もう出口に向かうどころではない。とにかく石のイナゴたちから離れなければならなかった。
(やっぱり無理だ。せめて僕がいなければ……)
エタは自分を見捨てるよう忠告……いや、命令しようとして……不意にカルムがエタを離した。
「け。やめだやめ。俺は一人で逃げるぜ」
「カルム!? なに言い出すんだ!?」
「もう付き合ってらんねえってことだよ。エタさんはお前らが持ちやがれ」
すたすたと別方向に歩み始める。ザムグは何か言いたそうだったが、エタは止める気になれなかった。
(そうだ。これでいい。僕なんかにかまう必要は……あれ?)
めちゃくちゃに逃げ回っていたからなかなか気づかなかったが、カルムが歩んでいる方向は先ほど石のイナゴたちがいた方向だ。
そして、カルムの所有する掟は……。
「だめだ! カルム! もどれ! そっちは……」
はっとしたザムグとディスカールがエタを強引に連れ歩く。
「行きましょう」
「そ、そうです。ほ、放っておきましょう」
「二人とも!? 何言って……っつ!?」
ザムグとディスカールは唇を噛みしめ、エタの腕を痛いくらいに握った。その顔は、今にも泣きそうだった。
(そうだ。二人とも僕なんかよりカルムとの付き合いが長いんだ。何をしようとしているか気づかないはずがない)
三人の覚悟を感じたエタは黙るしかなかった。
三人を最後にちらりと振り返ったカルムは未練を振り切るように前を向いた。
「ち。こんな時だけ勘がいいんだからよ。最後くらい格好つけさせろ」
霧はもうほとんど晴れており、イナゴはどんどんとこちらに集まっているように見える。だがそれらはすべてがカルムに向かっているわけではない。
およそ半数はエタたちに向かっている。
「……たく。この掟が役に立てばいいんだけどな」
カルムは携帯粘土板から小さな袋を取り出した。
すると一斉に石のイナゴはカルムに首を向けた。こころなしかその目がぎらついているようにも見えた。
「『虫を引き寄せる掟』人生で初めて役に立ったな」
石のイナゴが殺到する。
カルムは、ただ笑っていた。
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