第十話 上に立つ覚悟

「ターハさんやミミエルはどうですか?」

 エタはかつてラバサルが姉の師匠だったことを知っているのでその教育能力を疑っていないが、他の二人がどのくらい教えられるのかは知らない。

「ターハの奴は問題ねえ。あれで面倒見がいいし、ほめるのがうめえ。ミミエルの奴は……ありゃあ駄目だ」

「ミミエル、感覚で動きそうですからね」

 彼女はイシュタル神殿に奉公していた時、ある程度の手ほどきを受けたそうだが、あの動きや戦い方は彼女独自の天性の才能が必要だと思っていた。

「いや、それもあんだが、どうも他人に任せるのが苦手みてえだ。何でも自分でやっちまう奴は教師に向いてねえ」

「ああ……なんとなく想像できます」

 ミミエルはああ見えて困っている人を見捨てられない人間だ。それは素晴らしいことだと思うのだが、思いやりがいい方向に働かないこともある。

「エタ。ちと腹を探るようだが、聞いておくぞ」

「何でしょうか」

 声を低めたラバサルに思わず背筋を伸ばす。

「あいつらをどのくらい育てるつもりだ? それで何をするつもりだ?」

「少なくとも冒険者としてやっていけるくらいには育てます。それから、ここの企業に残るかどうかは三人に任せます」

「ちと甘すぎる気もするが……まあいいだろう。どのみちわしも長く戦えねえ。代わりは必要だな」

「ラバサルさんに代わりなんていませんよ」

 エタの紛れもない本心だった。

 計算や文書の作成はエタが行えばいいが、他の企業やギルドとの交渉はラバサルが行っている。ザムグたちのもとにエタが向かったのは単純にラバサルの手が空いていなかっただけだ。

 ターハやミミエルには性格的にも能力的にもできないことだ。

「エタ。そいつは違う」

「ラバサルさん?」

 エタとしては全力の信頼を込めた言葉だったが、ラバサルはそれを否定した。

「お前は事実上この企業の頭だ。そいつが社員に代わりはいねえなんて言っちゃいけねえ。いや、違うな。そんなことを思っちゃいけねえ」

「どういうことですか」

「企業だろうがギルドだろうが、組織ってのは常に代わりがいる状態じゃなきゃいけねえ。そいつしかできねえ仕事なんかあっちゃいけねえんだ。もしもそいつが死んじまったらどうする」

「言っていることはわかります。でも、お前にはいくらでも代わりがいるなんて失礼なこと言えませんよ」

「そうだ。言わなくていい。だが常に社員の代わりを考えておけ。そうやって組織は回ってる」

「嘘をつけということですか?」

 ラバサルは厳しい瞳でうなずいた。

「口ではおめえしかいねえなんて言いながら、頭ん中では代用品を用意しておけ。それが上に立つ奴の仕事だ」

「……厳しいですね」

 誠実であれと人は言う。善良であれと教師は伝える。

 しかし世の中は善性だけでは回っていない。

「そうだ。だが、おめえがそうするって決めたんだろ?」

「はい。その通りです。これは、僕がやらなきゃいけないことなんです」

 静かに細く、それでも消えない暗い炎。

 そんなものを心に持ち続けなければいけないと密かに覚悟した。

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