第七話 三下り半を叩きつけろ

「では、いかがいたしますか?」

「どうもこうもねえ! とっととこいつらを俺のギルドに戻せ!」

「それを決めるのは僕ではありません」

 エタのひ弱そうな外見から判断して少し脅せば簡単に従うだろうと高をくくっていたが、全くこたえた様子がないことにギルド長はますますイライラしていた。

「何てことしてくれやがる! これは犯罪だぞ!」

「どのような罪になりますか? 僕は彼らに僕の企業に来ないかと提案しただけです。これらはすべてウルクの法に基づいた適切な要請です」

「こ、このガキィ! 調子に乗るな! 俺はギルド長だぞ!」

「今は違うだろ」

 ぼそりと呟いたザムグに火のような視線を向けるが、ザムグが慌てた様子はない。醜く慌てふためくギルド長を見て、むしろこんな奴を恐れていたのか、と自分自身に呆れる余裕さえ持っていた。

「先ほども言いましたが、僕に文句を言うのは筋違いです。あなたが問題を解決したいのなら、彼らに待遇の改善を約束し、自分のギルドに残留してもらうように努力するべきです」

 もはや矜持すら捨ててエタの言葉に従ったギルド長は媚びるような声音を出した。

「な、なあザムグ。俺たちは今まですれ違ってたみたいだ」

「何がだよ」

「俺だってちゃんとやろうとしてたんだ。けど、ほら、あれだ。ちょっと忙しくてな? どうしてもお前らにかまってやれなかったんだ」

「……」

 事実とは程遠い言い訳を続けるギルド長にザムグはもちろんカルムやディスカールの視線さえ厳しくなっていく。

「もっと、そうだ。冒険しよう! 夢と希望にあふれた、冒険をしよう! な? どうだ? 楽しそうだろ? 社畜になるよりもずっといいぞ」

 あまりにも的外れな台詞についに我慢の限界に達したザムグはギルド長の胸倉を掴んだ。

「俺たちが欲しいのは夢や希望なんて曖昧なものじゃない! 給料だ! それがもらえるなら、あんたが金を払うつもりなら、残ってやってもいいと思ってた!」

 身長差があるが、対照的に勢いと迫力はザムグが圧倒的に勝っていた。獅子とウサギの立場は逆転したのだ。

「でも、あんたが反省してないってことがよくわかった! 俺は企業に勤める! そっちの方が今よりずっといい暮らしができそうだ! あんたなんかエピフ山みたいな借金をこさえてどっかに売られちまえ!」

 啖呵を切り、胸を離す。

 ギルド長はどさりと尻もちをついた。

 誰が見ても明らかなほど、みじめな敗者の姿だった。

 勝敗がついたのを見計らい、エタは悪霊のごとき提案を始めた。

「ギルド長さん。実は僕も借金のせいで奴隷になりかけたことがあります」

 これに驚いたのはむしろザムグたちだった。事前にはここまでしか聞いていなかったし、エタがそれほど苦労していたように見えなかったのだ。

「ですのであなたが借金を作ってしまうのを黙ってみていられません。僕にこの迷宮の探索権を買い取らせてもらえませんか?」

「め、迷宮を? いや、しかしそれじゃあこれからどうやって暮らしていけば……」

 すっとエタは携帯粘土板を差し出す。

 契約文書にはエタ、正確には企業シュメールが迷宮を買い取る旨が書かれていた。それもこの程度の迷宮としてはかなり良い値段だった。少なくとも借金漬けにならずに済むだろう。

 決して現状に付け込んで買い叩いた値段ではない。

 すでに意気消沈していたギルド長は操り人形のように携帯粘土板に手を当てて承認した。

「あなたの住居は冒険者ギルドから借り受けたものですので、できるだけ早くに引き払ってください」

「あ、ああ。わかってるよ」

「ありがとうございます。では、これからもお元気で」

 背を丸め、とぼとぼと歩き去っていくギルド長はとても小さく見えた。




 ギルド長が去って四人。そこに小屋の奥で震えていたニントルも顔を見せた。

「ええと……もう、終わったの?」

「ああ。終わったよ」

 ザムグはニントルの体をぎゅっと抱きしめる。長い夜が明けた朝日のように清々しい気持ちだった。

 抱擁を終えてザムグはエタに向き直った。

「エタさん。あなたの一番の目的はこの迷宮を買い取ることだったんですか?」

「うん。君たちを助けたのは僕にとって都合がよかっただけなんだ。失望した?」

「いいえ。形はどうあれ俺たちを助けてくれたことは感謝していますし、エタさんが私利私欲で動くような人じゃないのはわかります。そうじゃなきゃわざわざイシュタル神の神印まで用意して俺たちを雇おうとするわけありません」

 ザムグがエタを信用した一番の理由は公式な文章である神印のついた粘土板を持って来たことだった。その内容は協力してくれればザムグたちを自分たちの企業で雇うこと。この契約内容を破ることはイシュタル神に唾吐く行為であり、まっとうなウルク市民ならば絶対にしないだろう。

 それなりに手間と金がかかることであり、お互いに苦労することは信頼の一歩であるのだ。

 だからこそ仲間たちを説得したのだ。

「うん。それじゃあ僕たちの企業にようこそ」

「「「よろしくお願いします」」」

「よ、よろしくお願いします」

 ニントルだけが少し遅れて挨拶した。エタはどこかほほえましい気持ちになった。

「で、でも、こんな迷宮を手に入れてどうするんですか?」

「そこはいろいろ考えがあるよ。でもその前に……」

 エタは一度言葉を区切って今度は営業用ではない笑顔を浮かべた。

「ご飯にしよう。シュメールの社員のみんなにもあってほしいしね」

 四人の顔は水面に映る太陽のように輝いていた。

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