第六話 長にあらざる者
きちんと言質を取ったことを確認したエタがゆっくりと姿を現した。
「すみません。お話はまとまりましたか?」
「ん? ああ、まあな。もうこいつらはそこらの浮浪者だ。無視してくれていいぞ」
「それで確認させていただきますが、『雨の大牛』の構成員はあなた一人なのですね?」
「そうなるな」
「では、申し訳ありませんがあなたとの取引は中止させていただきます」
「何だと!? こんな役に立たねえガキがいなくなったところで何も変わらねえよ!」
今までさんざんこき使っておいてあまりな言い分にザムグたちは眉間に皺を寄せたが、何も言わなかった。
これはすべて計画通りだからだ。
「最後までお聞きください。ギルドはギルド長を含めて最低でも五人の構成員が必要です。つまりこのまま取引を進めるとギルドではなく個人間の取引になってしまうので手数料などが必要以上に発生してしまいます」
ギルド……正確には少人数で構成される個人ギルドは冒険者ギルドなどの大規模なギルドに統括されており、一定の規則が存在する。しかしその代わり大規模なギルドから支援を受けることができる。
その一部が手数料などの減免だった。
「そういやそうだったな。わかったよ。誰か人を集めればいいんだろ? 代わりなんざいくらでもいるさ」
小馬鹿にするように鼻を鳴らす。対してエタは策謀を巡らせているとは思えぬ穏やかな微笑みを浮かべる。
以前の苦境に比べればこの程度なんということはないのだろう。
「承知いたしました。では、また後日お伺いいたします」
折り目正しくお辞儀する。
それを見てギルド長は背を見せて少し歩いたのち、足元にサソリでも見つけたかのように立ち止まった。
「なあ。俺は規則の上ではギルド長じゃないってことなのか?」
「そうですね。あくまでも一時的な処置ですが」
「じゃあ。冒険者ギルドから補助を受けたりできないってことか?」
「そうなりますね。何か問題でも?」
「い、いや……何も、何も問題なんて……」
ギルド長は冷汗が止まらず目をきょろきょろさせていた。何かを隠していることは一目瞭然だった。
「問題なんてあるだろ。あんた、ラルサの商人と揉めてるんだろ?」
「ザムグ! 余計なことは言うんじゃねえ!」
「どういうことですか?」
このあたりの事情は事前に聞いている。我ながら白々しいと思いながらも質問する。
「こいつはちょっと前ウルクに来た商人に詐欺を仕掛けたんだ。確か、この泉の酒を上等な酒だと偽ったんだっけ」
品質偽装。
人類が経済活動を始めてから数千年以上続けてきた極めて原始的な犯罪である。おそらく根絶されることはないであろう。
「それは困りましたね。他所の商人に詐欺を仕掛ければ被害額の倍額以上を払わなければなりません」
メソポタミアの法律と言えば、目には目を歯には歯を、という同害復讐を思い浮かべるかもしれないが、数千年たってからでも一理あると頷けるほどには法律が整備されていたのだ。
そのうちの一つが詐欺、窃盗の補償などである。
自身の恥部を暴かれたギルド長はしどろもどろになって弁明を続ける。
「い、いや、それは、大丈夫だ。すぐに解決する。冒険者ギルドが間に入ってくれるから……」
「失礼ですが今あなたはギルド長ではありません。ゆえに冒険者ギルドから一部の補助を受けることができません」
ひっく、という酔っぱらいのしゃっくりにも似た空気がから回る音がした。
おそらく詐欺で売りさばいた酒は相当な量だったのだろう。冒険者ギルドが間に入れば賠償金は払えなくはない金額なのだろう。だが、独力で賠償金を払うとなるとかなりの金額になるに違いない。
ギルド長の顔は青ざめていた。
しかし青から一転して赤に、怒りの色に変わる。
「お前ら……どうも間が良すぎないか?」
「……」
そう。
いくらなんでも話ができすぎだ。
もしもあと数日ザムグとギルド長が衝突するのが遅れていれば、もめ事は解決しており、じっくり人材を調達すればよかっただろう。
今だけはザムグたちにやめてもらえば困るのだ。
「お前か」
ゆっくりとエタに呪いの籠った視線を投げつける。
「お前がこいつらをそそのかしたんだな!?」
正解である。
ザムグから話を聞いたエタはザムグたちに話を持ち掛け、そして四人はそれを了承したのだった。
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