第二話 仲間たち

 地下室から再びじりじり照りつける日差しの下に戻ったザムグを待っていたのは彼の同僚……いや、仲間であるディスカールだった。

「お、お疲れ。ザムグ」

「ありがとう。ディスカール」

 ディスカールは背が高いがやせており、さらに目が垂れ下がっている。しかも活舌が悪いせいで卑屈な印象をより強くする。

「ち、近くを通りかかった冒険者から余りもののパンを、も、もらったからみんなで食べよう」

 実際にあまり楽観的な発言は多くないが一方で思慮深く他人を思いやれる人間だと仲間たちはみんな知っている。

「ああ。カルムとニントルは?」

「カ、カルムはニントルの看病だ。ま、まだ熱が下がらないらしい」

「そうか……」

 今日ザムグがなかなか目標を達成できなかった理由は妹であるニントルの看病をしていたカルムの分まで働いたせいだ。

 もちろん、彼はそれを辛いとは思っていなかった。


 迷宮からほど近く、町からはかなり離れた日干し煉瓦の一軒家がザムグの住まいであり、同時に彼の仲間と家族、会わせて四人の住処だった。

 もともと一人か二人で暮らすことを念頭に置いて設計されているので、子供でも手狭になってしまう。

「ただいま」

 入り口のすだれをかきわけ、中に入るとすぐに視線を合わせてきたのはむしろに腰かけていたカルムだった。

「遅かったじゃねえか。こっちはてめえのおかげで暇だったぜ」

 カルムの丸い顔は仏頂面で、なのにやせこけた体は小柄でまるで死者のようだった。本人曰く小さいころに食べ物に恵まれなかったせいでこんな体になったのだとか。

 こちらに目線を向けているのに筵に寝かせているニントルの額の汗を拭う手を止めないのは器用だなとザムグは感心した。

 出会った当初はこのぶっきらぼうなしゃべり方に困惑したが、やがてこういうしゃべり方をするときはたいてい自分の本音を隠したいときなのだと気づいた。

 今回の場合はザムグに仕事を押し付けてしまって申し訳なく思っているのだろう。だからザムグは何も気づかないふりをする。

「妹の面倒を見てくれてありがとう」

「ふん」

 カルムがそっぽを向くと、ぱちりとニントルが目を覚ました。

「あ……お兄ちゃん。おはよう……ううん、もうこんにちはなのかな」

 むくりと筵から上半身を起こす。

 整えられていない長い髪はきちんと手入れすればきれいになるに違いないとザムグはいつも思う。汗ばむ日焼けした肌はなぜか健康さよりもふとしたことで消えそうな火を連想してしまう。

 ザムグと似ていないと他人からもニントル自身からもそう言われるが、ザムグ自身はきりりとした目つきがよく似ていると思う。

 これがザムグの妹、ニントル。

 よく床に臥せる病弱で、だからこそザムグが命を賭して守らなければいけない存在。

「そうだね。具合はどう?」

「うん。もう平気。お腹は痛くないから」

 ニントルは時々発熱と腹痛を訴える。

 二、三日休めば元通りになるが、一方で完治する様子はない。多分、一生付き合っていかなければならないのだろう。

「カルムさんも、ありがとう。ずっと看病してくれてたんだよね」

「ザムグが仕事を代わってくれるって言ったからやっただけだ」

 つっけんどんな言い方からすると照れているのだろう。

 ほほえましくなったザムグは少しだけ笑顔になった。

「み、みんな。そろそろ酒を売りに行く時間だよ」

 酒は当然ながら客に売らなければ稼ぎにならない。酒が一番売れるのは農作業が終わった昼前と出先から帰ってきた夕食後だと経験で知っている。

「あ、うん。私も……」

「ニントル。今日は休んでいていいよ」

 やんわりと体調のすぐれない妹をたしなめる。以前、無理についてきて余計体調を崩したことがあるので少し強めに言っておかなければならないのだ。

 ニントルは反論するべく立ち上がろうとしたが力が入らず、逆にカルムに支えられていた。

「な? ニントル。今日は大人しくしていてくれないか?」

 うつむいていたニントルは消えそうな声で、はい、と言った。

「うん。パンを置いていくから食欲があれば食べるんだよ」

 まだ不満そうなニントルの頭を撫でてから、もう一度酒の保管所に向かう。

 迷宮から湧く酒は数日おいておくと少しだけ味が良くなるらしく、今日売るべき酒は以前保管した酒になる。

 そうやって壺に込められた酒が無くなってはまたため込み、誰かに呑まれてはまた注ぎこまれる。

 そんなことを繰り返してもうどれくらいたっただろうか。

 ふと、保管所で壺に小さな罅が入っているのを見つけた。

(俺たちは、このままでいいんだろうか)

 ザムグの胸中には漠然とした不安があった。

 どんな壺でもいつか割れるように、必ずこの生活が続く保証もなく、妹の病気が治る保証もない。

 何かを変えたいと思っても、何の力もないことは自分がよくわかっている。

 そんな時だった。

 エタリッツという変わった少年がここを訪れたのは。

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