第六十六話 目の前の日輪
再び魔人は携帯粘土板から武器を取り出した。それは燦然と輝く金色の斧だった。しかしただの斧でないことは一目でわかる。
以前見た突きノミとは違う神々しいメラムを放っていた。
罪人を裁くような厳しさを持ち、しかし暖かに人々を包み込むような優しさも含む光。まるで、日の光のような、光。
本能的に危機を悟った五人が攻撃、または防御の姿勢をとる。しかしそれよりも早く魔人は神々に祈りを捧げた。
「偉大なる太陽と法の神、シャマシュ神に希う。ここに聖なる威厳を示したまえ」
さして大きくない部屋に太陽のような光と落雷のような轟音が響く。これが斧に込められた、敵をひれ伏せさせる掟。
その光と音を直に見て、聞けば立っていられるはずはない。
だが、エタとラバサルは事前にその内容を知っていたこともあり、防御することができた。
しかし、その防御態勢とは目を閉じて耳を塞いだ状態である。敵からしてみればいい的だ。
「がっ!?」
隙だらけのラバサルに魔人が無造作に蹴りを放つ。それだけでラバサルは気を失った。ラバサルが全盛期であればこのようなことにならなかっただろうが、時の流れは人にとっては無情なのだ。
魔人がエタに視線を向ける。
確かにエタが意識して見ると、姉の面影があった。しかし。
『魔人は完成すると元の人間としての記憶を失う』
あれはもう姉の抜け殻だ。そうは理解していても声をかけたいと思ってしまう。
ゆっくりと魔人がエタに向かっている。
殺される前に、せめて。エタはそう覚悟を決める。
その瞬間、飛び起きたミミエルが思いっきり槌を魔人に振り下ろした。それをあっさり躱した魔人は疑問を口にした。
「目も、耳も利かないはず。何故、わかる?」
ミミエルは答えない。老人が杖を持つように槌の柄を地面に当てていた。
「そうか、地面の振動か」
魔人の髪に絡みついた蛇が飛び跳ね、ぽとりと床に落ちる。
わずかな地面の振動を感知したミミエルはそこに飛びついた。槌を振り下ろしたが、当然そこに魔人はいない。反撃として殴られたミミエルは今度こそ気を失った。
魔人は再び、エタに向かって歩き始め、そして。
路傍の石のように見向きもしないままエタの横を通り過ぎた。
茫然とするエタは状況も考えず、無意味な疑問をこぼした。
「お前、なんで僕を、僕たちを殺さない?」
そんなことを言って気が変わったらどうするとは考えなかった。
「私は冒険者だ。冒険者は民草を殺さない。冒険者は裏切った相手を許さない。冒険者は冒険をしなくてはならない」
それは冒険者憲章に記された言葉だった。それだけを残して魔人は去っていった。
なんということはない。この魔人は擬態の掟に従い、冒険者に擬態すると決めたのだ。
だからみんなを殺さない。エタを殺さない。
だから裏切ったペイリシュを殺した。その復讐こそが最後に遺ったイレースの意志のように感じた。
あるいは、その復讐を成し遂げてしまったことで魔人として完成してしまったのかもしれない。
「どうして、僕は……大事な、大事な時に、間に合わないんだ……う、うううう!」
エタは悔しかった。
実力不足も、間に合わなかったことも、間違いなく悔しい。
だがそれ以上に、お前は冒険者ですらない。そんな実力はない。魔人に、いや、イレースにそう言われた気がして、なにより情けなかった。
それに反論できないことも含めて。
結局、異変を察知した職員に救助されるまでいくばくかの時間が必要だった。
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