第六十五話 ギタイ
擬態の魔人はゆっくりと振り向く。
顔や体の輪郭は人だった。しかし髪は蛇、足はトカゲかワニのようになっている。そしてやはり、後頭部から、こちらを指さすように尖った角が生えている。
服はなく、色とりどりの花、いや、よく見ると花に擬態した昆虫と普通の花に覆われており、目元口元も何らかの植物に囲まれていた。
さらに特徴的なのは背中だ。一見すると木の葉のような蝶の羽がついているが、その内側は風景を反射しているようだった。
(あれは、鏡? でも、あんなにきれいな鏡は見たことがない)
この時代の鏡と言えば金属を磨いた金属鏡が一般的で、水銀やアルミニウムを用いた鏡は存在しない。つまりこれもまた、この世界にあるはずのない異変。
「ふん。正体を現したのなら、殺してもいいってことよね!」
「いや、お前さっきも殺すつもりだったよ、な!」
ミミエルは黒曜石のナイフを、ターハは石を投擲し、シャルラは矢を放つ。
三人の攻撃は花から飛び出たカマキリや、髪に成り変わった蛇に迎撃され、わずかに傷を残しただけだった。
狭い室内では数の利が活かしにくい。さらに擬態の魔人なら他人に化けてこの場を逃走するということもあり得るのであまり大人数で戦うわけにもいかない。
つまりこの場にいる人間で魔人を倒さなくてはいけない。
(直感だけど、こいつはそんなに強くない)
一度魔人と戦った経験と掟の性質から、擬態の魔人が戦闘よりも隠れること、あるいは騙すことに長けた魔人だと看破した。事実として今の単純な攻撃でわずかとはいえ傷を負っている。
倒せるはずだ。
誰もがそう思っていた。
しかし、擬態の魔人は右手をごく普通の人間の右手に擬態させると、どこかに持っていた携帯粘土板から水晶を取り出し、みるみるうちに傷がふさがった。
「ちょっと。魔人でも掟は使えるの? ハマームはそんなことなかったわよ」
「もとになった人間に擬態して掟を使っているのかしら。エタ? ラバサルさん? どうかしました?」
エタとラバサルはその水晶に見入っていた。なぜならその掟を見たことがあったからだ。
あまりにも、あまりにも単純な理屈だ。魔人にはもとになった人間がいる。
そして、つい先日行方不明になった人間がいる。まだ、死体は見つかっていない。
エタはぽつりとわかりきっているはずの疑問を口にしてしまった。
「どう、して、お前が姉ちゃんの……傷を癒す掟を、持っているんだ?」
そんなものは決まっている。考えるまでもない。
「 」が魔人になったからだ。
結論にはとっくにたどり着いていてもそれを認めることはできない。
すべてを悟ったミミエルが初めてシャルラの名前を呼んだ。
「シャルラ! エタを連れて逃げなさい! おじさん! 戦えるわね!?」
「ま、待って、ミミエル!」
シャルラがエタの腕を掴んで引きずろうとする。
「エタ! あなたはここから離れて!」
「そうじゃない! 姉ちゃんはメラムを……」
エタの言葉は終わらなかった。
それよりも先に致命的な事態が進行していたからだ。
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