第六十四話 正体
走り去ったシャルラを見送る。
心臓がどくどくと脈打ち、冷汗は隠せそうにない。身近な人間が別の何かに置き換わっていることがこれほど恐ろしいとは想像もしていなかった。
もちろんこの動揺を悟られてはならない。しかし隠すのもむずかしい。
だからエタは別の物事に焦っているふりをした。
「ターハさん。どうにかなりそうですか?」
苦しみ続けるペイリシュを見て、不安そうな声をあげる。本当に彼の身を案じているのか、それとも偽物に対する恐怖なのか、エタにも判断がつかない。
「ああ。もちろんだ。あたしは優秀な冒険者だからな」
そして無言のまま毒を吸い出し続ける。わずかな時間があまりにも長く感じられる。
じりじりと胸を焼くような焦燥。
そして、気づく。
ペイリシュはうめき声一つなく、身動きすらない。
「ターハさん……」
「……すまねえ」
ペイリシュはすでに息絶えていた。やはり間に合わなかったのだ。いや、どれだけ迅速に手当てしたとしてもこれだけ噛まれていれば間に合わなかっただろう。
おそらく、このターハの偽物はそれが分かっていながら処置を施した。
「ターハさんのせいじゃありません。もう少し、きちんと僕が気を付けていれば……」
気を付けて正体を見破っていれば。どうなっただろうか、そう自問自答した。
「いや、お前はよくやったよ」
白々しい会話を続ける。早く来てくれ。心の底からそう願いながら。
そして、息を切らせた
「シャルラ。せっかく急いできてくれたけど……」
「そう。でも一応診させて」
神妙な顔で部屋に入ってくる。これを演技だと見破れる人はきっといないだろう。
ふと、部屋の隅にミミエルは視線をやった。
「ねえ、あれ何?」
指さした先にターハの偽物も視線を巡らせる。
その死角に音もなく忍び寄ったミミエルは木槌を構えてそのまま躊躇なく振り下ろそうとして、エタを抱えて飛びのいた。
ターハの偽物の髪の毛が蛇のように、いや、蛇そのものとして蠢いていた。おそらくこの蛇がペイリシュの命を奪ったのだろう。やはり、間違いない。目の前のターハは……人ではない。
「どうして、わかった」
目線をこちらに向けずにターハの偽物から人ならざる者の声がする。
「そりゃあさ、あんたが人間じゃないからさ」
そう言って現れたのは本物のターハだ。新調した棍棒を抱えている。
ラバサル、シャルラも臨戦態勢で現れた。
「これについてはおばさんに同感ね。正体を現しなさい。擬態の掟を持つ魔人」
ミミエルの穏やかな、しかし敵意の籠った宣告を聞いた魔人はまがまがしいニラムをまき散らし、擬態を解いた。
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