第六十一話 善意の協力者

 ターハの怒りはあまりにも不実なペイリシュに対してか。

 それとも、自分の言葉に耳を貸さない男とねんごろな仲だった自分に対してか。

「ペイリシュ。よーく聞きな。こいつ、この少年はエタ。聞き覚えはあるか?」

「え、えっと……ごめん、ない」

「イレースの弟だよ。おかしいよなあ? 保証人にもなるような間柄なのに、家族の名前さえ聞いていないのかい?」

「い、いや、たまたま! たまたまだ! ちょっと忘れていただけだよ。今思い出した」

「じゃあ、僕の名前はなんですか?」

「え? エタだろう?」

「僕の本名はエタリッツ。エタはあだ名です。まあ、たいていの人はそう呼びますけど」

 ペイリシュは口から泡を吹きそうなほど慌てていた。

 エタはかつて親にこう言われたことがあった。嘘というのは煉瓦を無意味に積み重ねるようなものだと。なるほど、こういう時のことなのだろう。

 積み重ねられた嘘は根元を揺らせばあっさり崩れる。

 だがペイリシュは崩れた塔の上にさらに煉瓦を積み続けていた。

「いや、嘘じゃない! 彼女に乞われてここまでついてきてそして夜も眠れずなんとか救助の算段を立てて……」

「夜も眠れず博打に加わってた、の間違いじゃねえか?」

 ペイリシュの言葉を遮ったのはどこかに行っていたラバサルだった。

「どういうことですか?」

「そのままの意味だ。こいつぁ昨日暇を持て余した冒険者たちの賭博で負けて無一文になったらしい。差し押さえられたものの中には女のものまで混じってたらしいな」

 ぎろりとペイリシュを睨む十の瞳が厳しくなる。

「おいペイリシュ。あんたまさか、イレースの持ち物まで博打ですったのか!? いい加減本当のことを話せ!」

「ち、違うんだ! 彼女を助けてあげたんだ! だからそのお礼にちょっと、保証人になってもらっただけなんだ!」

 あまりの言い分に五人は絶句した。先ほどのペイリシュの言葉とは全くの逆だ。

 つまり事の始まりはこういうことらしい。何らかの事情でイレースを助けたペイリシュは恩に着せる形でイレースに保証人になってもらった。

 調子に乗ったペイリシュは博打を繰り返し、大負けし、さらに借金を重ねてしまった。当然イレースも保証人としての責務を免れず、惑わしの湿原という危険な迷宮の探索に加わった。

 イレースがどこまで事情を把握していたのかは不明だが、自分の家が担保に含まれていたことを知っていなかった可能性はある。

 それに気づいたエタは一瞬ほっとしたが、それ以上に激しいペイリシュへの怒りにかき消された。

 この男さえいなければ両親も奴隷として売られそうにはならず、姉も行方不明にはならなかったはずだ。

 奥歯を噛みしめ、ぎりぎりと音が鳴る。

 シャルラが心配そうに、ミミエルが無表情にエタをのぞき込む。

 しかしエタはひとつ深呼吸をした。

(落ち着け。この人をどうしたところで姉ちゃんが帰ってくるわけじゃない。それよりも姉ちゃんを救助するにはこの人の協力が必須だ)

 息をゆっくり吐く。心を整えたエタはまっすぐペイリシュを見た。

「ペイリシュさん。あなたの行動は冒険者憲章の数々に違反しています。僕らがきちんとギルドに訴えればしかるべき裁きが下るでしょう」

「は、はあ!? 俺は何も悪いことをしてないだろう!?」

 厚顔もここまでくるとむしろ清々しい。半ば呆れながらも説得を続ける。

「あなたがどう思っていようが関係ありません。規則は規則です。ですが、イレースの救助に協力していただけるのなら、あなたの行動はすべて不問にすると約束します」

「い、嫌だぞ!? どうして俺が何の得もないことに協力しなくちゃ……」

 ペイリシュの言葉を遮るようにターハがペイリシュの胸倉を掴む。

「ペイリシュよう。別にあんたがあたしに迷惑をかけるのはいい。でもな。人様に迷惑かけてんじゃねえ! エタがここに来るまでどれだけ苦労したと思ってやがる!」

 五人の意志を代弁したターハの剣幕に押されたペイリシュは絞り出すように答えた。

「わ、わかった。協力、します」

 投げ出されたペイリシュはどさりと尻もちをついた。

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