第五十話 粘土板
怒りに満ちた叫びが暗がりを揺るがす。
「おま、お前のせいだなあああああ!」
今度は魔人の腹辺りから樹木が伸び、足のように、しかし奇怪に動かしエタに向かって突進してくる。
いよいよ怪物じみてきた魔人に慄き、体が硬直しかかるが、唇を噛んで気付けにしたエタは何とか魔人の体当たりを躱した。
もちろんその程度で諦めてくれる魔人ではない。
もう何本生えているのかわからない蔦と上半身だけで再びエタに襲い掛かる。
(もう一度、いや、何度でも避ける!)
しかしその気概は先ほどよりも数段速く、しかも樹木を大きく広げて当たる面積を増やした突撃を前に打ち砕かれようとしていた。
「エタ! 今のうちに逃げて!」
シャルラが矢を右手に持ち、魔人に組み付きながら矢を突き刺す。バランスを崩した魔人は八つ当たりのようにシャルラを跳ね飛ばす。宙を舞うシャルラの矢筒からばらばらと矢がこぼれる。
「おっと。女を殴ってんじゃねえよ!」
それをターハが受け止めた。致命傷ではないが、頭から出血していることを考えるともう戦えないかもしれない。
「エタ! こいつは何故まだ戦える!」
ラバサルが石斧を振るい、魔人はそれから距離をとる。間違いなく一番相性がいいラバサルは最大の警戒対象らしい。
「多分、まだギルドに所属している人がいるからです!」
この場以外にも半ば奴隷のように働かされている灰の巨人の冒険者はまだまだいる。というよりむしろそちらのほうが数は多い。離れていても搾取の掟は届くようだ。
いちいち連絡して脱退を促していては日が暮れる。今でも明らかに弱体化しているのだから効果はあるはずだ。何か、一度で全員を脱退させる方法はないだろうか。
「あら。じゃあこいつを砕けば全部終わりよね」
エタの心を読んだかのように、ミミエルが右手に持っていたのはハマームが大事そうに持っていた大型の粘土板だった。
「これ、確かギルド構成員を管理する粘土板よね? あんたの下半身の周りに落ちてたわ。エタ。こいつを砕けばどうなるのかしら?」
「確か、粘土板の再発行を依頼してからギルド本部に始末文を提出しなければいけないはず。それまで、実質的にギルド長の権限はなくなるはずだよ」
これは半分はったりだ。
あくまでも規則の上ではそうなっているというだけで粘土板が紛失したまま指示を出したとしても罰されるようなことはない。
しかし搾取の魔人はそのはったりを真に受けたらしい。
「や、やめろおおおおお!」
エタのことを忘れたかのようにミミエルに向かっていく。
ミミエルはぽいと粘土板を地面に放り捨てる。そして銅の槌、岩を砕く掟が備わった武器を全力で振り下ろした。
ガキン、と何か硬いものがぶつかる音。
「え?」
ミミエルが茫然と粘土板を見る。その粘土板は罅一つ入っていなかった。
蟻の頭を容易く砕くあの銅の槌がただの粘土板を砕けないはずはない。
驚きのあまり硬直したミミエルに搾取の魔人が掴みかかった。その寸前、ミミエルは粘土板を蹴り飛ばして、エタの目前へと遠ざけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます