第四十九話 あがき

「あら、ほんとね」

 エタに続いて携帯粘土板を操作したのはミミエルだ。灰の巨人を抜けた彼女は愛用の槌を小枝のように振り回している。

 明らかに動きが良くなっている。

 それを見ていた灰の巨人の冒険者たちは我先にと灰の巨人を抜け始めた。

「お、お前らああああ! 俺のギルドを抜けるんじゃねえええええ!」

 自分の名前さえ忘れても、自分がギルド長だったことは覚えているらしい。魔人、いや、搾取の魔人としての特性だろうか。自分が搾取するための組織や部下は覚えているのかもしれない。

 だからこそ、その搾取の連鎖を断ち切らなければならない。

「冒険者憲章によると、ギルドへの参加は冒険者の自由意志によるものとされる。脱退も同様に自由である!」

 灰の巨人の現状を鑑みれば形ばかりの規則でしかないが、その規則が消えてなくなるわけではない。搾取の魔人にギルドからの脱退を阻むことはできない。

 次々と脱退したハマームの元部下たちは息も絶え絶えといった様子だったが、命に別状はなさそうだった。

 もしかすると、ハマームとの付き合いが長かったり、ハマームを信頼していると搾取の魔人の効果を受けやすいのかもしれない。

 重圧から解放されたミミエルが黒曜石のナイフを顔面に投擲する。それを腕で受け止めるが、今度はシャルラの矢がみぞおちに突き刺さり、うめき声をあげた。

 明らかに弱体化している。

 隙を見せた魔人にターハとラバサルが振り回される樹の蔓をかいくぐり肉薄した。

 それを予期していたのか、搾取の魔人は樹木を鎧のように身にまとう。ターハの棍棒を受けるが踏みとどまる。

 同じようにラバサルの石斧を防ぐ……はずだった。

 ラバサルが渾身の力を込めて薙ぎ払った石斧によって樹木はおろか、搾取の魔人の胴体までも切り裂いた。

 血ではなく、何か濁った液体が滴り落ちていた。

「お、前。その掟は……」

「そうだ。運が悪かったな。わしの石斧の掟は樹木を切る掟。戦いの役に立つことなんざ滅多にねえが、体まで樹でできてるおめえには効いたみてえだな」

 蟻の顔をおそらくは怒りの表情で歪ませた搾取の魔人はどさりと地面に投げ出された。

 搾取の魔人は文字通り真っ二つにされており、人間なら間違いなく致命傷だ。

 しかし相手は魔人。人の道理など通じるはずもない。その証拠に魔人は上半身だけなっても動きを止めていない。

 とどめを刺すためにミミエル、ターハ、ラバサルがお互いの攻撃を邪魔しないように接近し、シャルラが矢をつがえる。

 だが。

 魔人の生命力は予想以上だった。

「お、れの、おれのおおおおおお!」

 叫びと共に樹木が急成長するように洞窟内に根を張り巡らせる。しかも、上半身からではなく、下半身だった場所から。

 予想外の攻撃に虚を突かれ。全員が下がり、エタも地面に身を投げ出して回避する。入り口付近で脱出を試みている元ハマームの部下たちの中にはよけきれずに串刺しにされたものもいた。

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