第四十六話 異形

 打ちひしがれたのか、ハマームはがくりと膝をついた。

 その体躯が小さく見えるほど、うなだれる。いっせいに部下たちからの視線が集中する。だが、彼は突然意味不明な独り言をつぶやき始めた。

「そうだ。あんたの言う通りだ。ここは俺の迷宮だ。俺のものだ。俺が頂点に立つんだ。他の誰にも渡さない」

「ちょっと、ハマーム? どうしたの?」

 異様なハマームに不気味さを感じたミミエルが声をかけるが、まるで聞こえていない。

「俺は奪う側だ。奪われるわけにはいかねえ。あんなみじめな生活はごめんだ。絶対に……そのためなら、何でもしていい」

 エタはふと、アトラハシスから言われた言葉を思い出した。

『迷宮に魅入られてはならない』

 あれはエタに対する警告だと思っていた。

 しかし。

 エタの周囲にいる人々への警告だったのではないか? エタの脳内にけたたましく警告音が鳴る。

「だめだ! ハマームさん! その声に耳を傾けちゃーーーーー」

 エタの警告は、少し遅かった。

 ぞわりと肌が泡立つ。

 それは地下、迷宮の核がある場所から感じられた。そして洞窟内に黒い光があふれ出す。

「な、なにこれ? もしかして、ニラム?」

 ニラムとは神々から発せられる畏怖の光。真の神から発せられたそれらは只人ならば気絶してしまうほどらしい。

 迷宮の核から発せられたためか、それほどの畏怖は感じないものの、それでも震えて倒れそうになる。そしてニラムはハマームに殺到した。

「そうだ。そうだ! 俺が、おるえぐああああああ!」

 言葉が崩れる。次にハマームの体が崩れる。

 迷宮からの声に耳を傾け、その心を明け渡すと魔人になり果てる。

 目の前にいるものはもう、ハマームではなかった。


 ニラムが晴れたその先に、明らかに人間ではない生き物がいた。

 頭と腕は蟻のように変貌し、頭部には蟻の触角の代わりに神に連なるものの証である角、目の前の魔人の場合山羊のようにねじれた角が生えていた。そして胴体には衣服のように樹木が巻き付いており、蔓が蜘蛛の手足のように蠢いていた。

 それ以上にエタが気になったのは果実のように蔓から成っている何かだ。

(神印? いや、顔……魔人になったハマームの顔? 顔が彫られた……丸い板? なんだあれ?)

 もしもここに数千年ほど後の時代の人間なら丸い板は通貨ではないかと推察できただろう。

 だがこの場の人間には不可能だ。

 なぜならこの時代には、この世界にはまだ通貨という概念がなかったのである。この世界の都市国家群では粘土板に記された数字で決済し、地球に記されたメソポタミア地域では金属の重量で価値を決めており、通貨そのものに価値があったわけではない。

 この世ならざる異変を顕現させる存在。

 故に、魔人。

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