第二十四話 神に愛されているのは
「おうエタ。おめえのおかげでずいぶん楽させてもらってるぜ」
革袋に入った水を飲み、喉を潤していたエタのもとにラバサルがやってきた。
「大したことはしてませんよ。仕事を割り振って記録しているだけですから」
「それができることがすげえってことなんだがな」
ギルドで冒険者として、あるいは裏方として働いてきたラバサルにとって他人を上手く働かせられる人間は得難いのだと知っていた。
しかしエタの表情は芳しくない。
「本当に、何でもありません。きちんと体を張って戦っている人たちのほうがよっぽどすごいですよ」
ラバサルはエタの自己評価がかなり低く、しかも憧れとエタ自身の能力がすれ違っていることに気づいていた。
万夫不当の英雄に憧れるのは男として理解できるが、どう考えてもエタは内勤向きなのだ。この作業でそれがよくわかった。何とかしてその齟齬を解消してやりたいともラバサルは考えていた。
当人に自覚はなかったがラバサルは根っこのところで面倒見がいいのだ。
「イレースだってよく言ってたぜ。おめえは頭がいいってな」
「姉ちゃんは僕のことをいつもほめてくれましたから。本当は姉ちゃんのほうがよっぽどすごいのに」
「確かにあいつも天才ではあったな」
「でしょう? いつだって姉ちゃんは強くて、かっこいいんです」
エタの姉自慢に、ラバサルは少しだけ渋い顔をした。
「エタ。おめえ、あいつが冒険しているところを見たことがあんのか?」
「いえ。僕なんかがついていっても邪魔になるだけですし」
「……なるほど、それで……」
「ラバサルさん?」
「……いや、何でもねえ。だがまあ、あいつらも負けてねえな」
露骨な話題転換だったが、エタもラバサルの意をくむことにした。
「ターハさんとミミエルですよね。二人とも、特にミミエルがすごいですね」
「ああ。巨大蟻との戦いに慣れてるとはいえ、あのでけえ槌をぶん回しながら走り回る奴ぁ初めて見た」
「木槌が骨を砕く掟。銅の槌が岩を砕く掟だそうです」
「戦闘向きの掟二つも持ってんのか。……イシュタル神の信徒か?」
「……そうですね」
イシュタル神は愛と美の女神だが、戦争をも司る。信徒も着飾ることや、戦いに身を投げ出すことをよしとする。
一方で変じ……個性的な信徒も多い。大半は真面目なのだが、それを帳消しにするくらいアレな人もいるというのが一般的な見解だった。
何しろ神話において様々なことをやらかしているイシュタル神である。功罪があまりにも多すぎる女神の寵愛を受ける信徒も一癖あるのだろうか。
ミミエルは……彼女の本性を知っているのはエタだけだが……どうなのだろうか。彼女はどういう人間なのだろうか。そんな考えが頭をよぎっていた。
「……頼りにできるんだよな」
「はい。それは間違いありません」
少なくとも、あの墓とも呼べない墓所での飲食供養は本心からだった。エタはそう信じている。
「ならいい。わしも年を取ったからな。一度戦えば翌日はろくに動けんだろうな」
つまり、ラバサルは一度だけなら戦う。その時を見誤るなと言っているのだ。
周りの目を気にしたエタも静かにうなずいただけだった。
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