第十一話 見慣れない森

 そしてようやくエタは昨日までの行動を思い出してきた。

 灰の巨人への加入はかなり順調だった。おそらく商業ギルドも迷宮を踏破する気がないここは無警戒だったのだろう。

 ウルクで登録を済ませ、現地の迷宮に集合することを命じられ、ほぼ半日集団馬車に乗せられ、北へ、北へと向かった。もう少しでウルクの北方にある都市、イシンにつく頃に道から外れ、遠くに森が見える場所に向かった。

 遠隔地にある迷宮の場合、迷宮の近くに集落が作られることが多い。魔物は迷宮から離れると死んでしまうので、距離を取っていれば安全なのだ。ここも例にもれずそうだった。

 挨拶も何もなく、いきなり樹木を伐採するための石斧を手渡され、迷宮攻略に参加させられた。もっともやらされたのは攻略とは名ばかりの樹木の伐採だった。

 その道中で大白蟻に出くわしたところ、さっきのミミエルが多分何らかの掟を宿した大槌で頭を吹き飛ばした。そしてそれを見て気絶してしまったことを思い出した。

 このまだらの森に生息する魔物である巨大な蟻は平べったいオオカミくらいの大きさで、強靭なあごはあっさり人の首を折ることができるらしい。無事だったのは運が良かったと言えるだろう。

「おい。あんた、大丈夫か?」

「ええ。怪我はありません」

 携帯粘土板を持っていないことから、奴隷と思わしき老人に声をかけられる。

「あんたはウルクの市民だよな。どうしてこんなところに来たんだ?」

「その、借金があったので……」

 このあたりがエタしか灰の巨人に潜入できない理由だった。練っていない嘘では簡単にばれる。そしてどうしてもエタの作戦を実行するには欠かせない情報は内部でしか手に入らない。

 エタならば嘘をつかずに潜入できる。何しろ今エタは人生最大の窮地にいるのだから。

 その証拠に老人は疑ってすらいないようだった。

「そうかあ。いろいろあるよなあ。次の伐採地まで時間がある。ここの成り立ちを説明してやろうか? どうせろくに説明もないまま連れてこられたんだろ?」

 もちろん事前調査は入念に行っているが、疑われないためにも、また現地の人と実際に話すことで得られるものもあるかもしれないと考えて首肯した。

 そして老人は話し始めた。


「先代の灰の巨人ギルド長が迷宮を見つけたことが始まりだ。最初は真面目に攻略していたらしいんだがそのうち木材、特に杉を売りさばいたほうがいいって気づいたらしい」

「このあたりじゃ木材は貴重品ですからね。迷宮が森を産まなければこんなに樹が成長するなんてありえません」

 実のところエタはこれほど草木が生い茂る森を見たのは初めてだった。川辺など、水が豊富な場所にまばらに木が生えている、というのがエタにとっての森だった。

 草木が青々と茂り、水を含み、しっとりとした土を踏みしめた経験などこれが初めてだ。エンリルが彼の妻ニンリルに愛を囁いたのはこんな森なのかもしれない。こんな状況でなければ胸を躍らせていただろう。

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