第五話 希望の光
エタとラバサルは初心者向け迷宮に到着したが、エタはそのまま洞窟の入り口を通り過ぎた。
「おい。どこへ行く?」
「……すぐにつきます」
入り口から歩いて四十歩ほどだろうか。小さな穴が開いていた。
「何だこりゃ?」
「穴を掘る掟で掘った穴です。迷宮の一番奥につながっています」
「はあ!? おめえ、まさか地上から迷宮の核につながる出入口を作ったのか?」
「はい……位置は学院にあった地図で確認しました」
エタは恥からかうつむき、真っ赤になっていた。
「わかっています。こんなことをするべきじゃなかったって。ちゃんと正面から入らなきゃ意味がないんだって……でも、それでも……」
いつまでも何も言ってこないラバサルを不思議に思い、顔をあげると、ラバサルは何とも奇妙な、呆れるような、愉快なような表情をしていた。
「これだから頭のいい奴ってのは……」
「ラバサルさん?」
「あのなあ。おめえが強くなりたいのは何のためだ?」
「え。それは迷宮を攻略するためですけど……」
「そうだ。間違えるな。強くなるために迷宮を攻略するんじゃねえ。迷宮を攻略するために強くなるんだ。つまり、弱いまま迷宮を攻略できるんなら弱くたっていいだろうが」
「それはそうですけど……こんな方法で攻略できる未踏破迷宮なんてそうそうありませんよ」
「かもな。だから探せ。頭を使って踏破できる迷宮を探せ。わしも手伝ってやる」
「ラ、ラバサルさん!」
エタの瞳が太陽を反射しているように輝いた。ここ数日で初めて見た光だったのだろう。
「まったく……そんなつもりはなかったんだがな。おめえの熱意に負けたよ」
「ありがとうございます! 本当になんとお礼を言えば……」
「礼を言うにはまだ早い。何しろわしらには敵しかいないからな」
「どういう意味ですか?」
「おめえはおかしいと思わなかったのか? どんなに叫んでもギルドに入れねえってことに」
「それは僕が弱いからで……」
「それだけじゃねえんだよ。裏で商業ギルドが手を回してやがったんだ。コネやら伝手やら、金やら使ってな」
「な! そ、そんなの冒険者憲章にもギルド友好規約にも違反しているじゃないですか!」
「どうだかな。連中はルールをこねくり回すのが無駄に得意だ。何とかしてるんじゃねえか」
「そ、そんな。いくらなんでもそれは……」
「おめえが思っているよりもはるかにギルド……特に冒険者ギルドは腐敗している。気をつけろよ。組織ってのはな、腐れば腐るほど人を飲み込むもんだ。おめえは飲まれるなよ」
ラバサルは、今日は家に泊っていけと言い残すと自分の仕事に戻っていった。
ウルクの住居はさして裕福でなくとも中庭と塀があり、中庭から家に入れる構造になっている。そういう家々が隣り合っているせいで上から見ると迷路のように見える。特に、地方から始めてウルクに来たお上りさんなどはしょっちゅう道に迷っている。
しかし幼少のころからウルクでの都市生活に慣れ親しんだエタにとってはこの迷路こそが我が家と呼べる。
都市から出た農村などは、森や川、自然物が人の暮らしと野外を隔てているが、それはエタにとって落ち着かない暮らしだった。
入り口のすだれ (ウルクではドアよりもすだれで内と外を仕切るのが一般的) をかき分けて入ったラバサルの家はやはり、質素だった。多少の保存食と最低限の家具。ただなぜか、この地方では高価な杉の椅子が置いてあったが、それに触れるのは少し気が引けた。
それよりも、と学院から借りるだけ借りてきた書物粘土板を床に置いた。これは文字を大量に記録できる粘土板で、画面をなでると別の板面に移行できる。
ある意味学院の根幹をなす粘土板でもあった。
今回持ってきたのは迷宮の情報が記載されている粘土板。地図、出現する魔物、攻略に参加しているギルド、企業などが事細かに記載されている。
(この中から、僕が踏破できる迷宮を見つけ出す)
迷宮の形やあり方は迷宮が持つ掟に基づいており、千差万別だ。今日のような洞窟型のものもあれば、都市のようになっていたり、挙句の果てには巨大な動物になっている迷宮もあるという。
ならば、自分にしか弱点を見つけ出せない迷宮があってもおかしくないかもしれない。
粘土板を穴が開くほど見つめ続ける。気づけば日が傾いていた。
「もうこんな時間なんだ。さすがに何か食べたほうが……?」
家の外から何か騒がしい。いや、騒がしさが近づいてくる。
そして入り口に近づくと、いきなり大柄な女性が上がりこんできた。
「ここにエタってやつはいるかああ!!!!」
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