第四話 非才の身

 二日後、エタはラバサルに再び会いに向かった。

「どうだ。諦める決心はついたか」

「いいえ。これを見てください」

 ラバサルに差し出したエタの携帯粘土板には迷宮を踏破した証が記載されていた。

 ラバサルは目を見開いたが、そのせいでエタが気まずそうにしていたのを見逃した。

「さらに迷宮を踏破した報酬なのか、新しく掟を授かりました。残念ながら戦闘向きではありませんでしたけど」

「ありえん。こんな迷宮を踏破したくらいで掟を授かるわけがねえ。そこそこの規模の迷宮を攻略しても掟を授からないこともあるんだぞ」

 人々が迷宮を攻略するのはそれが使命だからというのもあるが、攻略することで新たに掟を授かるという利益もある。授かった掟は自らの地位や生活を向上させる力となる。

 だが掟は一つ、二つ、と増えるごとに授かるのが難しくなる。偉大な冒険者の中には十以上の掟を持つものもいるが、それだけ大冒険を経たという証なのだ。

「いいえ。掟は冒険しなければ授からないというわけではありません。中には大規模な治水工事を成し遂げて掟を一気に複数授かった方もいます」

「おめえの場合普段の学業の努力も認められたってことか?」

「多分そうです」

 ラバサルは腕を組んで考え込んでいた。この展開を予想していなかったのは明らかだった。

「いいだろう。わしがおめえを甘く見ていただけかもしんねえ。実力を測るためにわしが相手になってやる」

「はい! よろしくお願いします」


 エタとラバサルはお互いに葦を束ねた棒を持って向かい合った。この棒は訓練のために作られた武器で、相手に重傷を負わせにくいようになっている。ただし、当たれば相応に痛みを伴う。

 ラバサルが左手で素早く棒を振るう。今までのエタならしたたかに打たれていただろう。だがエタは余裕をもってそれを躱した。

(すごい。これが掟を授かった恩恵)

 掟は道具としても使えるが、ただ授かるだけでその人をより強くする。今のエタには今まで反応さえできなかった攻撃を見切ることができた。

 数回、回避を繰り返す。

 そして隙を見せたラバサルに思いっきり打ち込む。……はずだった。

 エタの葦の棒はラバサルの体に触れることなく止まっていた。

 そんな馬鹿な。心の中でそう呟き、腕に力を籠めようとするが、うまくいかない。それどころか冷汗が噴き出て、めまいがして、立っていられなくなった。

「う……ぐ……!?」

 へたりこんだエタはそのまま口からせりあがってきたものを地面にぶちまけた。

 いつの間にかラバサルに背中をさすられていた。

「大丈夫か?」

「……」

 答えられない。少なくとも平常心ではいられなかった。

「昔、イレースの奴から聞いたことがあったんだが間違いないみてえだな。おめえ、血が怖えんだろう? だから誰かを傷つけること自体をためらっちまう」

 びくりと体が震える。それはエタ自身忘れていた、いや、忘れたふりをしていた過去だった。子供のころ、料理の手伝いをしていたエタは指を切った。それがあまりにも痛かったせいでそれ以来血を見ることさえ嫌になった。

 他人に聞かれれば嘲笑の的になりそうな話だったが、エタにとっては決して消せない心の傷だった。

 そのせいで血を見るかもしれないこと、つまり戦うことは模擬戦でさえできなくなった。

 知らず、地面についた手に力が入る。

「た、確かにそうですけど、練習すれば、なんども練習すればきっと……」

「無理だ。やめとけ。世の中には、どんだけ訓練しても、どんな掟を授かっても強くなれねえ奴がいる。たまたまおめえがそうだった。運が悪かったんだよ」

 ラバサルの声音は優しかったが、それが余計にエタの心を苛んだ。

「それより、おめえはどうやって迷宮を踏破したんだ? さすがに魔物との闘いを避けるのは無理だろ」

「そ、それは……」

 語るのを躊躇してしまう。なるべくなら言わずにおきたい方法だったからだ。

「責めるつもりはねえよ。ただ気になっただけだ」

「それは……実際に見てもらったほうが早いと思います」

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