第2話 衝撃を受けたとき

 中学生になった僕は普通の少年になっていた。

 今日もいつものように学校から帰宅して、流行りのアニメを見ていた。

 近ごろはアニメが面白い。日本一のエンタメはアニメだと思うくらい、僕はアニメに心を惹かれていた。


 母親は激しい音楽が好きで、今でもYouTubeで10年ほど前のライブ映像を観ている。今ではTVじゃ放送できないような過激なパフォーマンスを観て、青春を思いだしているようだった。


「はぁ……あのころが懐かしいわ。もっとヴィジュアル系も盛りかえさないかしら」


 母はこういうことをよく言う。正直聞きあきたし、母はもっとアニソンの魅力を知るべきだと思う。


 アニソンはこの上なく素晴らしい音楽だ。

 意味が読みときづらい詩的な歌詞も、アニメの世界観を通し分かりやすく伝えられることで鮮明に想像できるし、キャラクターの心情を読みとき作品の奥ゆきを作る相乗効果もある。


 とにかく、ヴィジュアル系バンドはもう古いのだ。


「唯音、今日は歌謡祭があるけんアニメは録画で観てよ」


「……分かった」


 部屋に入りカバンをほおり投げ、ベッドに横になった。そして天井を仰ぎながら足を組み、漫画を開いた。

 アニメではどのような動きになるのか。そんなことを想像しながら、ページをめくっていた。


「唯音! 早くおいで!」


「ご飯あとでよか!」


「ご飯まだつくっとらん! 早(はよ)来んね!」


「なにぃぃもう」


 TVがある部屋まで来た。すると、母は目を輝かせてTVを指差していた。


 そこには母好みのバンドが映っていた。それはガールズバンドで、全員が生足や胸の谷間を強調した格好をしており、まるで『キャバ嬢』のような見た目だった。

 ヴィジュアル系を含みバンド人気は風前の灯火だが、ガールズバンドは人気だ。理由は簡単。可愛くて目の保養になるからだ。


 TVのリポーターは言った。


『それではAlmelo(アルメロ)の皆さんに演奏していただきます。Dominator(ドミネーター)です。どうぞ』


 次の瞬間、TVから激しいドラム演奏が始まり、続いてギターのサウンドが響く。

 まるで斬撃のような重々しいサウンドを響かせながら、妖艶な女性たちが頭をふり乱す。


 かっこよかった。そしてエロかった。


 まるでフランス人形のような金髪ロン毛のボーカルが、メタル口調で歌いあげる。曲調はメタル。メロディはキャッチー。紡がれる歌詞はThe メンヘラ。悲しい恋愛を力強く、歌いあげていた。


 こんなのアニソンにはない。個性的だと、そう思った。


「唯音も前は本当に好きやったよねぇ」


「なんかシミジミと言ってるけど、お母さんがこういうのを僕に聞かせてただけだからね?」


 サビを歌いあげると、ボーカルがベーシストを紹介した。ひときわ巨乳が目立つベーシスト。小柄なロリメイド風の衣装には似つかわしくない悩ましいボディと、これまたあざとくて最高な黒髪ツインテールをともにふり乱し、ベースソロを披露した。


 するとレフトサイドにいたリズムギターが、心の琴線に触れるような繊細なメロディを奏でる。ピンク色のミニドレスを身にまとう、カールした髪をポニーテールにした妹系キャバ嬢が奏でるそれは、まるで乙女が恋に落ちた瞬間のような儚さと美しさを感じさせた。


 するとライトサイドにいたリードギターの女性が加わり、激しく素早いリフで攻撃的なサウンドに変わった。

 漆黒のロングスカートの切れ目から時折顔を覗かせるタイツ姿の左足。左足が見えるその一瞬は、まさに落雷のような衝撃がある。

 もはや官能アニメのようだ。純粋な恋心を振りまわされ、ベッドの上で乱れる純愛のふりをした性愛。ギターの音だけでそんな物語を奏でているかのような完成度だった。


 これは男性にはできない、女性にしか表現できないカッコよさだ。ここまで美しさとエロさを体現したカッコよさを最も体現しているリードギターの女性は、どこか見覚えのある赤いギターを持っていた。


 そしてボーカルはリードギターを指差して叫んだ。


『on(オン) guitar(ギター)! Yoshi(ヨッシー)!』


「よ……っしー……!」


「前はあんなに好きやったのにねぇ。小さかったし、会えんごとなってからもう10年経つもんねぇ。早(はや)さぁ……」


 その瞬間僕は、画面に映る笑顔のヨッシーを観て、なにかが目覚めるのを感じた。

 あの日と同じ純粋な憧れで、僕は画面に映るヨッシーから目が離せなかった。

 なにも考えられず、ただあのときよりも確かな憧れが、胸の奥から湧きあがってくるのを感じていた。


「いつか一緒に見に行こうね唯音。ヨッシーのライブをさ」


「うん……でもその前に見に来てよ」


「えぇ〜なにを?」


「僕が次の文化祭で、バンド演奏をする姿を……!」

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