スーパーカーゴこまち32号

木穴加工

スーパーカーゴこまち32号

「馬田くんさぁ」

 横柄な課長がいつになく申しわけなさそうに僕を呼び止めたので、すぐに察しがついた。

「出張、行ってきてくれないか」

「東北ですか」

「そうなんだ」

 と言って課長は両手を合わせる。

「どうしても君の力が必要なんだ」


 嘘だ。

 僕の評価は服務サポート課の中でも下から数えたほうが早い。そんなことは評価者であるこのおっさんが一番よく知っている。


 本当は誰も行ってくれないからですよね。そうシニカルに言い放ちたい衝動に駆られるが、そんなことをしても仕方がない。

「はい、喜んで」


 今のサラリーマンたちにとって、出張とは会社の経費で高価なホテルに泊まり、接待の名目で豪遊することとほぼ同じ意味だ。その点において電気自動車産業が好調な中部や半導体バブル真っ盛りの北九州の繁華街こそがベストチョイスであって、事実東北などはハズレも良いところだ。誰も行きたがらないのも無理はない。

 それにこの売り手市場だ、と僕は思った。優秀な社員のワガママはなんぼだって通る。嫌なら辞めますと一言言うだけで経営陣は震え上がるのだから。


 ただ、僕自身はといえば東北出張は嫌いではない。むしろコミュ障にとって接待なんてものは苦痛であって、ない方がよっぽどマシだった。

 だからこうして毎度僕にお鉢が回ってくるし、いくら仕事っぷりが悪くてもクビを心配する必要がないというわけだ。


 パンパンに荷物が詰まったバックパックを背負ってオフィスを出る。

 平日の昼間だと言うのに、東京の街は相変わらずの浮かれっぷりだ。ビルの壁という壁を埋め尽くすデジタルサイネージには、ド派手な広告が絶えず流れている。車道は高級車の見本市と化し、道路脇のカフェでは有閑マダムたちがテラス席で優雅にアフタヌーンティーを楽しんでいる。スポーツカーのガルウィングを跳ね上げて、道行く女の子に熱心に声を挙げている大学生。僕が子供の頃には全く想像できなかった日本の風景がそこにはあった。


「侘び寂び」や「奥ゆかしさ」などというものは結局のところ不景気時代の言い訳だったのではないか。そう思わずにはいられなかった。


 第二上野駅は危惧した通り、夏休みの学生達でごった返しになっていた。何一つ悩みがなさそうな若者達を強引に押しのけ、一番端の28番線へ向かう。ホームに登ると、丁度そこへスーパーカーゴこまち32号の鈍色の巨体が静かに滑り込んで来るところだった。


 秋田リニア唯一の現役列車であるスーパーカーゴこまちはカーゴと名の付く通り貨物列車なのだが、申し訳程度に最終車両の後半部だけが乗客用の座席になっていた。


 乗客は僕を除けば三人だけだった。

 うち二人は東京駅から乗った出張族らしく、早くも酒盛りを始めている。隅の方でキャップを深々とかぶっている青年は(顔がよく見えないが、おそらく男だろう)今どきの若者には珍しく上下ファストファッションといった出で立ちで、ダンゴムシにように体を丸めて席に収まっていた。


 13:53:00

 列車は定刻通りに第二上野駅を発車した。


 スーパーカーゴこまちの車体は、(彼らがいつも宣伝してるように)世界で一番重い軌道車両としてギネスブックにも登録されている。しかしまるで鉛の塊であることを感じさせない軽快さで加速し、またたく間に北区の高層ビル群を置き去りにしていった。


 僕はおもむろにパソコンを広げてみたものの、メールを2,3件機械的に返すと特にやることもなくなり、鉛ガラスの車窓から外を流れる風景をしばらくぼーっと眺めていた。


「鉄道警察から皆様へご協力のお願いです」

 利根川を超えたあたりで車内アナウンスが流れる。

「只今よりを検札を実施します。お手元に身分証をご準備の上、お待ち下さい」


 連結部の扉が勢い良く開く。仰々しいボディアーマーを付けた鉄道警察隊員が2名、ひょこっとオジギをして車両の中に入って来た。


「こんにちは」

 先頭の隊員が僕の前で立ち止まる。

「身分証を拝見します」

 僕はプラスチックのカードを差し出した。

 先頭の隊員はそれを後ろの同僚に渡す。渡された方は慣れた手付きでカードリーダーにかざした。

 緑のランプが点灯する。

「今回はどのような目的で?」

 先頭の隊員がこちらに向き直って尋ねた。

「プラントのアフターサポートです」

 僕は左上に行書体の赤い文字で「雷諾晨科技集団」という社名が書かれた社員証を手渡した。


「いつもご苦労様です」

 隊員は2枚のカードをまとめて僕に返すと、大袈裟な敬礼をした。


 再び窓の外に視線を戻す。

 いつの間にか列車は栃木を抜け、福島県に入っていたようだ。特にアナウンスなどはないが、林立する巨大プラント群を見れば誰の目にも明らかだった。


 プラントは外から見るとただの半透明なドームだ。サイズはまちまちだが、小さいもので直径200m、大きいものになれば数kmにも及ぶ。大衆はこのドーム部を指してプラントと呼んでいるが、それは小さな白い花をじゃがいもと呼ぶようなものだ、と僕はよくそう小学生の甥にそう説明したものである。


 プラントの本質とは、そこから実に500mも下に埋まっている小型の原子炉であり、それによってもたらされる無尽蔵の電気に他ならない。もっとも、ドームもただの飾りかといえばそうではない。その中身は原子炉の生み出す膨大な廃熱を活かした完全自動化農場だ。ここではロボットたちによって24時間365日体制でありとあらゆる作物が作られていて、日本の中の食卓を支えている。


 かねてからの深刻な少子化と人口流出に加え、第4次東日本大震災で壊滅的なダメージを受けた東北地方を政府がまるごと居住禁止区域に指定したのは25年も前の話になる。無人となった広大なエリアに海外の技術を導入したプラントが立て続けに建設され、今や食糧の8割を自給し、電気に至っては輸出するまでになっていた。


 この前代未聞の強硬策は一時的に国内外の非難を浴びたものの、結果としては日本を再び世界屈指の経済大国に押し上げた。それによってもたらされた経済効果こそが「みちのく景気」であり、10年以上も続くこの乱痴気騒ぎの正体なのだ。


「あの〜」

 鉄道警察がバツの悪そうな顔で戻ってきた。

「先程聞き忘れたのですが」

 と言って、持っていたタブレットを僕の眼の前に差し出す。


 そこには古めかしい火薬式アサルトライフルを両手で抱えた青年が映しだされていた。真っ黒に日焼けした精悍な顔つきの下には妙にポップなフォントで「カナダ・ユウキ」と書かれている。

「見かけたことは?」

「いや、ないですね」

「そうですか。もし行く先々でこの者の関する情報を知ることがありましたら、すぐに我々鉄道警察にお知らせください」

「わかりました」


 僕はまた車窓に目をやる。

 かつて大きな町があった場所を通過しているようだ。すっかり廃墟と化し、半ば植物に飲み込まれつつある建築群がどこまでも続いている。


 カナダ・ユウキ。

 警察が血まなこになって探しているこの謎の人物については僕も知っている。トバシリのリーダー格とされている男だ。


 対外的には無人という事になっている東北地方だが、実際にはまだ多くの人が暮らしていた。プラント維持に必要最小限の常駐人員を除けば、全て違法居住者、通称トバシリだ。


 トバシリは単一の集団ではない。

 強制退去に応じなかった原住民、プラント計画に反対した活動家、入管法改正によって行き場を失った外国人労働者、その他諸々の理由で戸籍を持たない社会のはみ出し者たちの総称だ。彼らはこの地に残り、ないしは逃れて定住し、自給自足をしたり、時にはプラントを襲ってしぶとく生きてながらえてきた。

 トバシリには互いに対する同情や政府への怒りからくる緩い連帯感はあっても、強い結束や統率はないというのが警察側の認識だった。しかし最近そんなバラバラの集団をまとめ上げ、指揮している男がいるという噂がまことしやかに流れていいる。その男こそがカナダ・ユウキである。


 朽ち果てたホームが現れ、一瞬で視界から消えた。町の中心にあり、かつては多くの乗客で賑わったであろう駅もプラント直通の貨物列車にとっては無用の長物であった。


 列車は第3制御群前駅に時刻通りに到着した。


 降車口向かう途中、あのキャップの青年が居ないことに気づいた。大方正当な渡航理由がなかったため、鉄道警察に連行されたのだろう。


 無人のホームに降り立つと、ムワっとした熱気が絡みついてきた。目の前で農作ロボットたちが次々と列車から降り立っていく。この貨物列車は、行きはこうしてロボットをプラントに運び、そして帰りは農作物を満載するのだ。


 予定業務開始時間まではまだ少し時間があった。無人駅を出た僕は朽ち果てた家のドアを開け、周りに人がいないことを確認すると素早く中にはいった。床板を外し、その下にあるX端子ケーブルをノートパソコンに差し込む。


 バックドアがまだ生きていることを確認すると、一気に管理群の中枢層にアクセスする。程なくして見慣れたダッシュボードの上にずらりとプラントの情報が並んだ。

 ランダムにいくつか選び、出荷システムに少し手を加える。無人農場の生産量はもともとかなりのバラツキがある。5%や10%程度減ったところでまずバレはしない。


 ハッキングした出荷トラックが無事出発したのを確認すると、僕はダッシュボードを閉じ、かわりにAIプロンプトを起動した。

 先程列車内で見たのと瓜二つの顔が現れる。

「日焼けと汚れを安全範囲内でランダムに増減、筋肉量増加、経過時間に応じて髪と髭の長さ調整」

 僕の指示に対し4つの候補画像が出てくる。もっとも自然なものを選ぶと、自動加重プログラムを起動し新しい画像をSNS上にばらまいた。


 これで、警察ももうしばらくはカナダ・ユウキを追いかけるのに夢中になるはずだ。


「さて、お仕事だ」


 僕はパソコンをバックパックに仕舞うと、真夏の日差しの中へと戻っていった。


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