第10話 狙われたイベント

 


 イベント会場は、海外からの要人も泊まるような規模の大きなホテルだった。

 ここの宴会施設が、今回のイベント会場。軽食とドリンクを用意して、ゲストをもてなす。


 五社ほどのアプリ開発をしている小さな会社が共同で開いた企画。規模の小さな会社が一社で開くよりも、共同で開くほうが、規模を大きく出来て効率も良いだろうと、持ち上がった企画だった。


 広告代理店や雑誌社やアプリに広告を載せてくれそうな大手の広告担当などがゲストとして呼ばれている。あおいは、アプリ開発会社として、自社の新ゲームのプレゼンをする。

 できれば、広告を出したいという企業を集めて、ゲームを楽しむユーザーの負担を減らすために販売単価を下げ、そのぶん顧客数を増やしたい。できるだけ、印象に残るプレゼンをすることが、あおい達に課せられたミッションだった。


 狙い通り、あおいのポップな姿は目立つ。


 あおいは、積極的に視線の合った人と話をする。たちまち、あおいの周りは人だかりになり、その人だかりに、さらに人が集まり、あおいが盛り上げる。


 時々、どっと笑い声が起こって、その中心であおいが場を支配する。


「すげえな。あおい」

「でしょう? 彼女の天性の才能だと思います」


 優作が、あおいを眩しそうに見つめる。

 赤野優作が惚れ込んだ婚約者は、その才能を存分に活かして、次々と人を惹きつける。


 愛嬌のある仕草、人懐こい笑顔。

 小さな体をめいいっぱい大きく動かして、人の心をとらえる。 


 これはまずいな……。


 松岡は、予想以上にあおいの周りに集まり始めた人々に焦り出す。

 このままでは、いつあおいが攫われてもおかしくない。どんどん、あおいと優作達との間に距離が出来てくる。

 今日は目立つ姿をしているあおいだから、まだ何とか目視で確認できているが、このままでは、背の低いあおいの姿は、周囲の人に邪魔されて見えなくなる。


 人だかりの中のあおいを、優作も松岡も、必死で追いかけて警戒する。


 軽食の載ったテーブルの並ぶ会場から一段高くなった舞台で他社のプレゼンが始まって、会場が少し暗くなっている。周囲を見渡しても、仙石がいるかどうかは、分からない。


「赤野さん! お久しぶりです」


 突然声を掛けられて優作が振り返れば、志田がにこやかに立っている。


「あの時は、失礼いたしました」


 志田が頭を下げる。


「あ、いえ……」


 戸惑いながら赤野が答えれば、志田はホッとした表情を見せる。


「この間の挽回に来ました。良かったら、このまま下のカフェで今後の話など」

「あ、いえ。こちらの意向は変わりませんから」


 しつこい志田に、優作は、辟易する。

 今は志田に気を取られたくない。あおいを守ることが、自分の第一の仕事だ。


「おい。あおいを見失うな! そいつは動きが怪しい! 振り切れ!」


 松岡の指示に、志田があからさまに狼狽える。どうやら、志田は、仙石側の協力者のようだ。


「な、何の話でしょう?」


 引き攣った笑顔で志田が取り繕うが、ますます怪しい。


 松岡が状況に慌てる。

 人に取り囲まれたあおい。しつこい志田を振り払えない優作。

 どちらも仙石が狙うにはもってこいの獲物。あおいを手に入れても優作を手に入れても、周作を手に入れるエサになる。


「クソッ」


 一瞬のことだった。

 ほんの一瞬だけ、会場は真っ暗になった。

 プレゼンの演出での暗転。

 窓のないこの会場は、完全な闇に包まれた。


 明かりが戻った時には、会場にあおいの姿はなかった。

 

「あ、あおい!」


 優作が必死で周りを探すが、姿はない。

 先程まであれほど優作に付き纏っていた志田の姿も消えている。

 

「アイツ! やはり仙石の協力者だったのか!」

「あの人だかりの中にも、何人も協力者がいたに違いない!」


 おそらくは、志田が仙石に命じられて集められた人材。老舗広告代理店の志田ならば、何かと理由をつけてこの会場の人間に協力させることは可能だろう。


 きっと、あおいを囲んでいた人々から協力者を見つけ出して問い詰めたところで、志田にあおいと話をするように頼まれただけだと言うだけで、仙石の居所までは辿れまい。


 どうすればいいか……。

 優作の背中に嫌な汗が流れる。


「こっちだ!」

 

 焦る優作は、松岡に促されて会場を後にした。


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