⨕23:邂逅ェ…(あるいは、凄ぇぞスケェゾ/対峙するスルー/スルセェイリオ)

 もちろん、冷静な自分も自分の内の中に居て、最大限の用心を促して来ている。目の前の壮年コイツは、そこそこの知能だか知性だかを持ち得ている、そして謎の頑強さも有している……初撃はちょいと迂闊な一撃だったかも知れねえが、諸々推し量れたとこもあって、まあ結果はまずまずと言ってもいいかもだ。楽観的に過ぎるかも知れねえが、そこで気圧されてもメリットは無えし。現状把握。しかして冷静にそれに努めようとするものの、


 割と見がちありがちな、まるで人間の姿かたちをしているものの、改めて十mくらいの空間を挟んで観察してみるにつれ、まるで人間のようには見えなく感じている。それもそのはずで、相変わらずの写真に収まるためだけの笑顔のような、顔面の引き攣れを呈しているその押し出し利きそうないやらしい顔面ツラが、いやそれが貼り付いているいかつい顔も含めた、さらには筋肉と脂肪をほどよく巻きつかせているような年齢の割には筋骨張った巨躯が。


「……」


 ごくごくゆっくりではあるがそれゆえ不気味な、「蠕動」のような動きをしていたかと思うや、まるでこちらに近づいて来ているのかと錯覚するくらいの自然さと速度にて。


<……>


 徐々に「巨大化」していっていたからであり。身に纏っていたスカした焦げ茶のロングコートとか諸々も含めて。「無機質」だ何だこいてたが、こいつぁ、何質だ? 何で出来てんだ? あの例の「黒の輩」どもの、「そこに何も無いゆえの漆黒」、てのとはまた違う。例えば首から上、いい感じに日に灼けた肌の質感は普通の人間感、身に纏った垢ぬけたダブルの黄土色スーツの質感もこれまた普通の生地感、ただそれらが妙に「粒子の荒い画面で視ている」ような、不安定さを醸して来ている。カメラ通しての映像だからってわけじゃあねえよな……ぐいとままならない腰を何とか前屈させ、前面の覆天蓋キャノピーに顔を押し付けるようにして実際に視認しても、いやそうすることでさらに、一点を凝視しているはずなのに焦点が定まらず、認識がうまく成っていかねえ。こいつが世に聞く老眼か、と、この期に及んでちょっとでも現実味に縋りたい俺は、顔を思い切り後ろに逸らせたり、片目を瞑って色々な角度から見やったりするが、一向にその実体実態は掴みの取っ掛かりすらこちらに与えて来ない。不気味だ。


<……今更ですが、『対象』の無力化を第一に。各種『鉱剤具プロミネ』含む護身具の使用は、これを全て許可します>


 その異様なサマを目の当たりにしても、いや、それゆえ「通常通り」の行動をなぞって落ち着こうとでもしてんのか、パシュと左方向の画面に映し出された姐ちゃんの顔は(目の辺りはまた例の黒細板に隠されていて何となくどことなく背徳感を纏ったものであったものの)、こちらも石膏像のように固まっていながらも、そのような冷静な指示をこちら側に的確に飛ばしてくるのだが。初めて会った時には、坑道の奥で出くわしたあの「黒色軟体」な奴に相当びびらされてたかのように思えたが感じたが、今の落ち着きは慣れによるものか「成長」によるものか、いやいや頼もしいねぇ頼もしい限りだ……が、「護身具」という体の良い名の「武装」はこの自機テッカイトⅡからは取っ払われちまってっからよぅ……差し当たっては慣れ親しんだ肉弾戦くんずほずれつにてやっていくしかねえか……後方支援は姐ちゃん及び若僧くんが臨機応変に対応してくれるはずと、そこはもう任せた。と、


「おや、そちらには若い娘さんがいるんだねえ。『機械の身体』……それを利用することによって身体能力の年齢差・男女差を埋めてしまおうってことかい。そういう側面もあるわけだぁ、面白い、実に面白い」


 何が面白いかこちらには全く伝わっては来ないのだが、今や愛機とどっこいどっこいの体高(十mくらいか)となった壮年そいつは、こちらをしっかりと傲岸に見据えながらも、そんな前時代的な妄言コンプラはつげんを芝居がかった所作にて響くバリトンで繰り出してくる。こんなにも相対する人間をイラつかせムカつかせる表情や言葉の言い回し、壮年外生物に出来得るものなのか……そんな様子、言動挙動を見るにつけては、そこいらによくいる泡沫壮年にしか見えないものの、それだけにその他の「異様」が際立つ。いやはっきり化物。がこちらに意思のある言葉を投げ掛けてくるっていうのは相当に精神に来るものであって。


 そして何と言うか、こっちがこんだけ敵意だのを向けているにも関わらず、余裕を見せつけるかのような自然な態度……さらにはよう喋る。もやが晴れてきて結構な牧歌的天候気候に恵まれて来つつある周りの雰囲気も相まって、はっきり「戦闘」の空気じゃあねえんだわ……いや待てよ。これは……もしこいつの脳内構造もそこらの壮年と同等なのだとしたら、いろいろ言わでもの「情報」をくっちゃべってくれる可能性は高い……のでは?


 実際、次の一手の取っ掛かりも見当たらない状況、あちらさんにも、巨大化こそしたものの、こっちをいきなり攻撃とかして来そうな気配も感じない今、そしてのっけからぺしゃんこにしようとしていて何だが、万が一、平和的な解決が見込める類いの事案なのかも知れねえ……でも、本当の壮年上司に対しても自分をキレさせることなく穏便に提案とかは出来そうも無いこの俺が、自分を殺して気の利いた交渉とかが出来うる未来が見当たらねぇ……とか、ぐわぐわ纏まらない思考の俺を見かねたのか、


<貴方の目的は何でしょうか>


 何かを手探るように端的に、そして諸々の感情は抑えつつ、押さえつけつつな拡声音こえが、それでも重質感をもって、地表に流れ落ちていくかのように響いてくる。そうだね、いいんじゃね? 若いねえちゃんの言う事なら、十中八九、前のめり喰い気味に聞いてくれる率は高しだろうよ。加えて邂逅一番で確認済であったが、目の前でムカつく微笑を浮かばせておる御仁が、姐ちゃんの御父上そのものではどうやら無さそうであって、それまた幸甚。あまり考えたくは無いがその御父上のカタキである可能性は逆に拭いきれては無えものの、穏便に済ませられるならそれはそれで幸甚だ。


 これまでの「眷属」らの侵攻やら、街ひとつふんわり覆うくらいの「黒もや」を展開してきたことについても、互いが互いに無知ゆえの擦れ違い、ってことに納めてしまえることも無きにしもあらず……いやいや、それは大分腰が引けた対応なんじゃあねえか……? そんなこったから図に乗せてより尊大さを付与させちまうんじゃあねえか……? いや待て、いつもの自分に照らし合わせてる場合じゃねえ。見ろ、目の前の異状を。そしてとりあえずの対話の間にも意識を切るんじゃねえ。そもそも「巨大化」してきた時点で怪しさ極値マキシマムだろうがよ。


「ふむ……『目的は』と。そうだねえ……ずっと考えては来てたんだが、色々な試行錯誤を経てね。だいぶ分かってきたと言えなくも無い段階ステージに立ったと。そういったところかねえ……」


 おい舐められてんぞ、と流石に言葉にはしなかったものの、左の画面向けてこれでもかの舌出しおへちゃ顔で顎をしゃくって注意を促してみる。何の内容も無いことをこれ聞こえよがしにつらつら並べ立てて来る、そいつもまた無能中間管理壮年ムーヴに他ならねえなぁ。本当にこの、謎の生命体は、謎にしちゃあひどく嫌な既視感をこちらに擦り込んでくるばかりなんだが。もう駆け引き置いといて殴っちゃった方が早くない……? と、


<『光力は?』>


 右横でチラついた画面内に意識を向けさせられた。見ると小さな画面を埋めるようにして若僧くんのまくられた左腕の、筋張った前腕部がドアップで向けられている。そこには操縦桿根元辺りから滲み出てきた機械油か何かで書いたと思われる黒い四文字が。こちらに、こちらだけに確認を取りたい事なんだろうと瞬時に察した俺は、端的に首を二度三度、横に振って「否」の意を伝える。


 「先ほどの第一撃の際、『光力』を込めて殴ったのか否か」、を問うて来たんだ、ってことは、まあ共闘経験はただの一回しか無かったものの、脊髄で把握できた。考えるところは皆同じ、「黒もや」殲滅に有効だったこの力……「黒い輩」相手には直で使ったことは無かったが、ましてやそれらとも何か違そうな壮年こやつに効くかは未知ではあるが……やらない選択肢は無い。そして先ほどの一撃でもし光力撃を使用していてそれが為す術も無く弾かれていたんなら流石に打つ手無しと白目になっちまうとこだったが、そいつはまだ試していない。もしかしたら超絶効いて一撃であの軽薄ヅラを虚空へと……虚無へと還元せしめること、そいつが可能なのかも知れない……


 いやいや落ち着け。希望的観測でほいほい自分の勘にて何事も独断専行しちまうのは俺の悪い癖だ。若僧くん側の画面に再び視点を滑らすと、左手を開いてこちらに水平に指先を向けて頷いてきた。「待てステイ」の合図だろう。分かってんぜ、効果覿面であるにしろ無いにしろ、「光力込め」の初撃はきっちりと完璧な形で撃ち込ませ沈ませねえとあかんめぇ……こいつらの学習能力……姐ちゃんも危惧していたとこだしな……と、


<……交渉の余地は? この湖およびその周辺一帯の居住権諸々の権利をそちらに譲渡する代わりに、こちらの街に干渉して来ないというような、は呑めますか?>


 そのやけに冷静な御仁は、あくまで「対話」で何かを推し量ろうとでもしてる感じだが……いやはっきり無茶な提案だろうが。そいつは人間のような形をしているだけで、サイズ感以上に中身は異常に謎なる侵略者気質を備えている輩なんだからよぅ……と思ったのも一瞬で、左画面からはこちらもこちらを指さしてくる手信号ハンドシグナルひとつ。うーん、つまりはやっぱり俺の、俺が溜め込んだ機体腹部ハラん中の「光力」、そいつに期待が向けられてると、そういうわけだなぁ……


「ふむ『交渉』ねえ……私は満を持してこの『行動』に移ったわけだぁ。当然そこには確固たる『勝算』があるわけでねぇ、その段階フェーズにはもう無いんじゃないかな? どう思うかね? そちらさんは」


 思わず光力全開の超絶拳撃ハイパーナッコォをその、こちらを小馬鹿にしてくる傲岸顔面の人中辺りに撃ち込みたい衝動に駆られたが、すんでの理性で押しとどめた。彼我距離およそ九m、ほんの半歩だけ、即応でパンチを放つには踏み込みが必要な距離幅だ。例え無挙動ノーモーションの素立ち拳でも、余裕を持って躱されてしまうのでは、そんな考えがよぎったってのもある。とにかくこちらから何かを仕掛けるのは万全を確認してからでも遅くはないはずだ。これは決して腰が引けているわけでは無く、戦術……戦術的静観である……ッ!!


――昂燃メモその26:説明しようッ!! 他者には色々言い募るものの、いざ自分がやる段になると恐ろしいほど無駄に時間を要する慎重さをほの見せるものなのであるッ!! ――


 が、そんな脳内の計算試算とは別に、ぎゅると腹まわりを血液が熱を伴って巡ったような感じがした。刹那、俺の声帯を震わせながら吐き出されていた言葉は。


「どうもこうもねぇーぜぇー、はっきり『侵略します』『殺戮します』ってな宣言をぶち上げたらどうなんでぇ、っつっても、はいそうですかってわけにはいかねぇーけどなぁー」


 やっちまった。とは言え後悔はしていない。両脇の画面越しに息を呑む気配が伝わって来て、「何考えてんだ」的な顔をしてんだろうことは肌で感じられたもんで、敢えてどちらの方も向かずに目の前の巨大傲岸ヅラを見据えていた。おやっさんの中途半端なマネ口調にテンプレ的な文句になっちまったが、どっこいこういう輩に対してはこういう分かってない奴の勘違い三下ムーヴをカマして、奴さんの嘲りとか侮りとかを引き出しといた方がいいんじゃねえかとの腹づもりもある。伊達に十数年、目上の壮年めのうえのたんこぶと意に染まない仕事上の付き合いをしてきてはいねえんだ……ッ!!


「ハハッ……何と言うか統率取れてなさそうな、それでいて阿吽の呼吸で連携しそうな、そんな面白さを感じるねえキミたちには……まあまあ、そちらの彼が言った通りさ。ようやくこの『境地』まで辿り着いたんだ。『生命体』の本能として、さらなる発展、あるいは『進化』を望むのは何もおかしな事じゃあないと思うがねぇ。ここまで何十年。もうこの居心地は良かったがずんめりとした湖の底とはおさらば……ってね」


 やはり。ほんの少しだが、ねっとりと格付けマウントを取ってやろうというような物言いになってきやがったぞ。何でここまで壮年なのかという疑問も無くもなかったが、そんなことより、どう動く、かだ。こっからは真剣ガチだ。ガチで気合い入れてけよぉぉぉ……


「ゲヒャヒャヒャヒャ!! なぁ~に言ってんだこの壮年オッサンはぁ~!! あれあれぇ? 『せーめーたい』? 『しんか』、だぁ? 頭沸いちまったことのたまってんじゃあねえぇぇぜッ!! おいコラ、その回路がブッ飛んじまってる脳みそを叩いて直してやっから、今どき流行んねぇそのかちこちのオールバックを差し出せっつぅの、ゴルゥアアアアッ!!」


 思てたより、軽薄でアタマ悪ぃ感じが出せて自分でも驚愕びっくりしている。が、ひとまず真顔で左右の画面を見流しつつ頷きをカマすと、機体テッカイトに左足を一歩前に出し、両足を相手に向かって四十五デグ右に向けて斜めに、左腕を拳が眼前に来るように直角に曲げて肩を出すように、反対の右腕は脇を締めてボディの「光力タンク」を護る位置へと構えるよう指示を飛ばし、これでもかの伝統的王道的構えオーソドックススタイルにて相手と対峙する。こんくらい分かりやすい方がお互いやりやすいだろ? まずは俺が初手を切る。諸々アタマ使うことは、おふたりさん、頼んだぜぇぁあああああああッ!!

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