第六章「悪魔のルコ」
47.王様の褒美
「いや、大儀であった! 想像以上である!!」
ヴェスタ公国との休戦協定、並びに同盟の申し出を受けたレフォード達は、ラフェル王国に戻り国王より賛美の言葉を受けていた。
長年に渡る隣国との戦争。それを一時的とはいえ休戦に持ち込み、更に両国の悩みの種であった魔物対策で同盟を組みたいとの話はラフェルにとっても想定以上の収穫と言える。
「勿体ないお言葉。至極恐縮にございます」
レフォードが片膝をつき頭を下げながら答える。国王が言う。
「楽にせい。正直お前達を疑う者がいたのも確かだが、誰もなし得なかった見事な功績。やはり余の目に狂いはなかったな。さあ、褒美を取らすぞ、欲しい物を言うてみい」
国王の言葉に困った表情のレフォードが答える。
「いえ、特に欲しい物は……」
弟妹達に会いたい。ただそれが今の願いである。国王が顎に手をやり少し考えてから言う。
「そうか、相変わらず欲のない奴め。ではこうしよう。レフォード、お前に『王家の剣』を授ける」
「は?」
顔を上げて驚くレフォード。国王の言葉に直ぐに側近がどこかへ向かい、そして見事な装飾が施された一振りの剣を持って戻って来た。国王がそれを受け取りながら言う。
「これはラフェル王族が認めた者だけに渡す由緒ある剣だ。装飾も素晴らしいが、もちろん剣としても極上の品。一流の剣士であるお前にぴったりだろう。さ、遠慮せず受け取るが良い」
(え、え!? こ、困った……)
腰に差している剣は以前ミタリアから貰った物。カッコいいから付けていただけで使ったことはない剣だが、さらに新しいのが増えることになるとは。戸惑うレフォードに国王が言う。
「遠慮しなくていいぞ。受け取るが良い」
国王に言われ、さすがにレフォードも渋々王家の剣を受け取る。好きではあるが使えもしない剣が二本。剣を手にしたレフォードが深々と頭を下げて感謝を述べる。
「ありがとうございます。大切に使わせて頂きます」
「うむ」
国王はそう言うと満足げに笑って頷く。レフォードの隣にいたミタリアが尋ねる。
「陛下。それでヴェスタ公国との同盟はいかがなされますでしょうか」
「無論、受けるつもりじゃ」
ミタリア達の顔に安堵の表情が浮かぶ。大丈夫だと思っていたが、ここで同盟が締結できなければ、ある意味ウィリアム公に合わせる顔がない。国王が言う。
「同盟の調印式もそなたらに任せるつもりじゃ」
「え?」
驚き顔を上げるレフォード達。休戦協定は成り行きで仕方なかったが、同盟までとなるとただの平民であるレフォードには荷が重い。唖然とするレフォードに国王が言う。
「今回の立役者のそなた以外に誰がおる? なに心配することはない。ただ笑って署名するだけだ。細かなことは政務官を同行させる。頼んだぞ、レフォードよ」
「はい……」
真剣な顔の国王にレフォードも諦めたような顔となる。
「お前は既にラフェルの顔である。誰もなし得なかった戦争の終結を導いたのは、間違いなくそなたの功績。自信をもって行くがよい」
「御意」
レフォードが頭を下げそれに答える。
同席したミタリアとガイルも深く頭を下げ、その場を退出した。
「くくくっ、あー、さっきのレフォ兄の顔ったら、マジで笑えるわ~!!」
ラフェル城内にある来客室に戻りながら、ようやく笑うことができるようになったガイルが言う。
「うるせえぞ、ガイル」
レフォードが不満そうに呟く。
「だってよぉ~、あーいうの苦手なレフォ兄に、ぷぷぷっ、同盟の大使だって……」
ガイルは笑いながら言う。
自由気ままを好むレフォード。だから正騎士団勧誘も断ったし、兄弟を探すためにしがらみなしで動きたい。責任重大な敵国との同盟調停などまさにその対極に位置する役割だ。
「しかも剣まで貰っちゃって……。それ、二刀流かよ、くくくっ……」
レフォードの腰に新たに差された新しい見事な剣。全く剣を使ったことを見たことのないガイルが笑いを堪えるのに必死になる。ミタリアがむっとして言う。
「ガイルお兄ちゃん、うるさいよ! お兄ちゃんはそれだけ凄いことをしたんだから当然でしょ!!」
「いや、そんなつもりはないんだが……」
単にヴァーナを助けたかっただけ。孤児院の弟妹達にまた会いたい。ただそれだけの為に動いたのだが、何だか妙な方向に話が行ってしまっている。ミタリアが目を輝かせて言う。
「さあ、お兄ちゃん! すぐにヴェスタへ行く準備をしましょ!!」
「あ、ああ……」
ヴェスタを離れる際にヴァーナからしつこく『早く戻って来い!』と言われたのを思い出し、渋々頷く。だがレフォードには別の想いがあった。
「仕方ねえからヴェスタで用事済ませて、とっととここに戻って来るぞ」
「うん、そうだね。お兄ちゃん。でも何か気になることでもあるの?」
ミタリアがいつもの様子と少し違うレフォードに気付き尋ねる。
「ああ、残りの兄弟のうち身受け先が分かっているのがひとりだけいるんだ」
それは八弟妹のひとり。ガイルが尋ねる。
「誰?」
「ルコだ。ルコはこのラフェル王国の商家に身受けされている」
「ルコちゃん!? そうだったんだ!!」
ミタリアの頭に懐かしい孤児院時代の思い出が蘇る。ひとつ年上の姉。一緒に外を駆け回る活発な女の子ではなかったが、たくさんの思い出がある。
「だがな……」
そう暗い顔をして言ったレフォードの背中から元気な声が掛けられる。
「おっさーーん!!!」
その声の主、元『鷹の風』幹部三風牙のひとりライドが駆けて来る。レフォードが言う。
「よぉ、クソガキ。元気だったか?」
「ああ、元気だぞ! おっさんも元気そうだね!!」
ライドは笑みを浮かべて答える。元主のガイルが言う。
「ライド、お前らスゲー頑張ってるそうだな!」
ライドやジェイクと言った元蛮族の面々は、正騎士団と言う新たな仕事場を得て国の為に日々貢献している。ライドが胸を張って言う。
「そうだよ! 『風の鷹』の時も楽しかったけど、やっぱ人に感謝される仕事っていいよね!!」
そう答えるライドはもう少年ではなくひとりの騎士であった。レフォードがライドの頭を撫でながら言う。
「ああ、そうだな。頑張れよ」
「おっさんもね! 活躍色々聞いているよ!!」
ライドは全くその規格が読めない青髪の男を見上げて答える。
「まあ、大したことはしてねえつもりなんだが……」
正気な感想。ただただ弟妹達に会いたい、無事を確かめたい。本当にそれだけだ。ライドが言う。
「じゃあ、またね! おっさん!!」
手を上げて立ち去るライドにレフォードが言う。
「じゃあな。ちなみに俺はおっさんじゃねえぞ」
ミタリアがそれを聞いて苦笑する。ガイルがライドが立ち去ったのを確認してからレフォードに尋ねる。
「なあ、レフォ兄」
「なんだ?」
ガイルの顔が真剣になる。
「さっきのルコの話だけど、何かあったのか?」
その言葉に笑顔だったミタリアも心配そうな顔となる。レフォードが真面目な顔になって答える。
「ああ、ルコがここラフェルの商家にやって来たの覚えていて、少し前にシルバーにその商家について調べて貰うよう頼んでおいたんだ」
「うん……」
ガイルが小さく頷く。レフォードが言う。
「その結果を少し前に教えてくれてな……」
「どうだったの……?」
何かを察したのか、ミタリアが泣きそうな顔で尋ねる。
「ああ、その商家は数年前に魔族に襲撃され、家の者は使用人含めてすべて殺されたんだ」
「!!」
体が震えるミタリア。ガイルが小さな声で尋ねる。
「レフォ兄……、じゃあルコは……」
レフォードが首を振って答える。
「いや、分からない。記録によればそこにルコの名前はなかった」
「え、じゃあ、ルコちゃんは……??」
一瞬嬉しそうな顔をするミタリアにレフォードが言う。
「生きているのか、どこに居るのか全く不明だ。だから同盟の件を片付けたらすぐに戻って来て、ルコを探そうと思う」
「賛成。大事な妹だもんな!」
ガイルも頷いて賛同する。ミタリアも言う。
「そうよね! そうと決まったらエルクお兄ちゃんのお見舞行ってから、すぐに出発しよう!!」
「ああ、そうだな」
レフォードもそれに頷く。
(ルコ……、何があったんだ。無事でいるのか……?)
レフォードは廊下の窓から見えるラフェルの広い大地を見て、その幼い紫色の髪の妹のことを思い出した。
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