46.「休戦協定の署名は俺がするのか??」

「もうラフェルと戦わないって、どういうことかしら? ヴァーナちゃん」


 様々な予想外の出来事を前に、ゲルチは心を落ち着かせるようゆっくりと言った。レフォードに抱き着いたままのヴァーナが答える。



「簡単なこと。レー兄に止めろって言われたから。それだけ」



(レー兄……)


 ゲルチが青髪の男を見つめる。騎士団長ほどではないが整った顔立ち。割りと好み。レフォードが言う。



「あんたはヴェスタの人間か?」


「そうよ。ヴェスタ公国魔法隊副官のゲルチよ。それよりあなたは誰なの?」


 負傷しているものの鍛え上げられた筋肉は実に見事。ビキニパンツ一枚だが妙な威圧感を持っている。レフォードが答える。



「俺はラフェルの人間。軍人ではないが、まあ、あとこいつの兄だ」


 そう言って抱き着いているヴァーナの頭を撫でる。嬉しそうな顔をするヴァーナ。想像もできなかった光景にゲルチが苦笑する。


「随分信頼されているようね」


「ああ、辛い目に遭わせちまったようで申し訳なく思っている。それよりあんたがヴァーナの面倒を見てくれたのか?」



「そうだよ、レー兄!! ゲルチは私の友達」


 そうゲルチ本人より先に答えるヴァーナ。思わずゲルチの涙腺が緩む。



「ヴァーナちゃん、ありがとう。嬉しいわ。……それで話は変わるけど、あなたこれからどうするの? その子を連れて帰る気?」


 ゲルチが心配そうにヴァーナを見つめる。彼女はヴェスタ公国魔法隊の隊長。勝手な離脱など許されない。下手をすれば更に両国の火種を増やすことになる。ヴァーナが大きな声で答える。



「直接ウィリアム公と話する。聞いてくれなきゃヴェスタだって燃やしちゃうから」



 コン!!


「きゃっ!!」


 思わずレフォードが頭をげんこつして言う。



「だからどうしてそう言う発想になるんだ。火遊びはいかんと言ったろ!」


「ごめんなさーい」


 素直に謝るヴァーナ。他者に対しては我儘で自我を通すこともある彼女が、この兄にはまるで何も知らない子猫のように素直に従う。ようやく『青髪の男に会えた』、そう思いながらゲルチが苦笑しつつ思う。



(ヴェスタを燃やすのが火遊びとか笑っちゃうけど、まあそれよりヴァーナちゃんには彼が必要なのね。それは分かったわ)


「ヴァーナちゃんの好きにするといいわ。私も応援するから! ねえ、あとひとつ教えて貰っていい? どうしてあなたは火の中でも平気なの?」


 ゲルチの質問にレフォードが答えようとする。



「ああ、それはだな……」




「レフォ兄ーーーーーっ!!!」

「お兄ちゃーーーん!!!」


 声のした方を見るとガイルとミタリアが走ってこちらに向かって来ている。レフォードがゲルチに言う。



「ああ、あいつらもだ」


 走って来たミタリアが真っ赤なドレスを着たヴァーナに抱き着く。



「ヴァーナちゃん!!!!」


「ミタリア!!??」


 驚いたヴァーナがミタリアを抱きしめ、その顔をまじまじと見る。ミタリアが答える。



「そうだよ! ミタリアだよ!! ヴァーナちゃん、会いたかった!!!!」


 そう言って何度もヴァーナに抱き着いては飛び跳ねるミタリア。驚くヴァーナだが、更にその後ろに立つ男を見て驚く。



「え!? ガイル!? ガイルもいるの!!???」


 特徴ある黒く尖った髪。大きく成長したがひと目で分かる。ガイルが言う。


「ああそうだよ。っていうかさ、何だよお前。やり過ぎだろ?」


 ガイルが周りに広がる焦土化した大地を指差して言う。



「仕方ないじゃん! 私の趣味だ……」


「ヴァーナ」


 そこまで言いかけてレフォードに注意をされたヴァーナが軽く舌を出す。ミタリアが言う。



「ヴァーナちゃん。私達だけじゃないよ! エルクお兄ちゃんに、レスティアお姉ちゃんもいるの!!」


 懐かしい名前を聞いたヴァーナが心から嬉しそうになって聞く。



「そ、そうなのか!? どこにいるんだ??」


 ミタリアが少し悲しげな顔になって言う。


「エルクお兄ちゃんは今正騎士団長やってるんだけど、ちょっと具合悪くてお城で休養してるわ。でも大丈夫。ラリーコットで『聖女様』って言われてたレスティアお姉ちゃんが治療しているから!!」


「そ、そうなの。心配、お見舞いに行きたい……」


 もはや敵国とかそんなことは一切気にしないヴァーナの思考回路。


「そう? じゃあ、行こっか!」


「行こ行こ!!」


 そしてここにも同じく敵味方考えずに話をする女の子。ゲルチがレフォードの傍に来て言う。



「ねえ、あなたの兄弟ってどれだけいるの? って言うか『正騎士団長』とか『聖女様』とか、ヴァーナちゃんだって『業火の魔女』でしょ? どうなってるの?? もしかしてあのふたりも凄い人なの??」


 ガイルとミタリアを見つめるゲルチ。領主様に元蛮族頭領。苦笑するレフォードにゲルチが尋ねる。



「そんなあなたは何者で?」


「俺か?」


「ええ」



「ただの平民だ」


 ゲルチが苦笑して答える。


「そうなの。じゃあそうしておくわ」


「ああ、そんなところだ」


 レフォードも苦笑して答える。ヴァーナがレフォードの所まで来て言う。




「レー兄、これからウィリアム公の所に行くけど一緒に来て」


 ヴェスタ公国ウィリアム公。

 公国を束ねる最高責任者。王国で言う国王に相当する人物で民からの信頼も厚い。レフォードが答える。


「一緒に来てって、俺はラフェルの人間だぞ」


「大丈夫。私と一緒に行けば大丈夫だって」


「うーん……」



「私も一緒に行くわ」


 そんなレフォードにゲルチが言葉をかける。


「いいのか?」


 彼とて軍人の身。敵国の人間を連れて行くのは危険を伴う。ゲルチが言う。



「ラフェル王も休戦を望んでいるんでしょ? だったらそれもいいわ。誰だって戦争なんてしたくないから」


 奇抜な格好、と言うかほぼ裸だが頭はキレる、ミタリアはすぐにそう思った。ガイルが言う。



「よし! じゃあみんなで行こうぜ!!」


「どうしてそうなる?」


 ため息交じりにレフォードが言うとヴァーナが答える。


「いいじゃん! みんなで行こうぜ!!」


「私も行くよ、ヴァーナちゃん!!」


 ミタリアに限って言えば、『恋敵ヴァーナ』とレフォードを一緒に居させたくないという思いからの言葉だ。



「じゃあ、行くか」


「はーい!!」


 弟妹達がそれに大きな声で答えた。






 ヴェスタ公国の最高責任者であるウィリアム公は困惑していた。

 魔法隊長ヴァーナが面会を求めて来たので会ってみれば、副官のゲルチは良いとして彼女の兄弟だというものが三名おり、またその話の内容が『ラフェルと休戦して欲しい』であった。

 首都にあるヴェスタ公国城。その迎賓の間にやって来たヴァーナにウィリアム公が尋ねる。



「色々聞きたいことはあるのだがつまりだ、ラフェルとの休戦に応じなければお前はここを去ると言うのか?」


 真っ赤なドレスを着たヴァーナが頷いて答える。


「その通り。休戦に応じても去るけど」


「ヴァーナ!!」


 その言葉に後ろに立っていたレフォードが反応する。事前の話で休戦できればヴァーナはここに残りヴェスタの守りを続ける約束をしていた。ウィリアム公が尋ねる。



「応じなければここを去る……、それでお前はどこへ行くのだ?」


「ラフェルに行く。それで公国ここは敵になる」



「……」


 ある意味荒唐無稽な話である。味方の将校が敵との休戦に応じなければ敵につく。頭を抱えるウィリアム公に別の者がやって来て言う。



「ウィリアム公、私も休戦に応じて貰えなければラフェルに行きます」


「ミーア!?」


 それは黒髪が美しいヴェスタ上級政務官のミーア。突然やってきた彼女にレフォードが驚く。



「ミ、ミーア。お前まで……」


 元はラフェルの人間。しかし類まれなる能力で今やヴェスタ公国を支える重要な人材。今、もしラフェルとの休戦を選択しなければ、公国は『武』と『文』のふたつの重要な人材を失う。

 頭を抱えるウィリアム公がレフォードに尋ねる。



「そちらの者、レフォードとか言ったか。お前はラフェルの正式な使者ではないのだろ?」


 勢いと言うか流れで敵国のトップとの面会が叶ってしまったレフォード達。使者ではないがラフェル国王の意は既に知り得ている。

 何かを言おうとしたレフォードに代わり、妹のミタリアが前に出て頭を下げて言う。


「私はヴァーナ隊長の妹でミタリアと申します。公の仰る通り、我々は正式な使者ではございません。ただラフェル国王より貴国との休戦交渉については一任されております。ラフェルも周囲を敵に囲まれ苦しい状況。両国の現状を考慮すればここは休戦が望ましいかと思われます」



「うーん……」


 その女の言う通りヴェスタ公国も魔族からの襲撃を幾度も受け、同時にラフェル国王との交戦、最近は蛮族の出現にも手を焼いている。更に北方に位置するガナリア大帝国の南下にも備えなければならない。ラフェルとの休戦が叶えばその憂いがひとつ減る。

 突然の話に困惑しながらもウィリアム公が決断する。



「分かった。それでは貴国の休戦要請に応じよう。ただし条件がある」


 真剣な顔のウィリアム公が言う。


「我が公国は今、魔族の襲撃に悩んでいる。休戦協定と同時に、対魔族を主としたを組みたい」



「同盟……」


 意外な言葉。だが叶えば休戦以上の吉報である。ミタリアが慎重に答える。



「公のお考えは分かりました。同盟の可否についてはラフェル王国のご判断が必要です。一度持ち帰らせては頂けませんでしょうか」


 ウィリアム公とてこの目の前にいる者達が即答できるとは思えない。



「分かった。では、先に休戦調停の調印式を行おうか」


 ウィリアム公の気持ちは固まっていた。ここでラフェル王国と争い続け、ヴァーナやミーアを失うことは国益にならない。そう考えたウィリアム公の決断は潔かった。ミタリアが頭を下げて感謝する。



「ありがとうございます。さすがはウィリアム公。素晴らしき英断、感謝致します」


「うむ……」


 正直、上手く言いくるめられた感はあるが、決まった以上ひとまず休戦に向けて最大限の準備を行う。ミタリアがレフォードに言う。



「お兄ちゃん、調印式で署名してね」


「は? なんで俺が!!??」


 突然の無茶振りに驚くレフォード。正騎士団のシルバー達は既にラフェルへ帰還済み。ここに居るラフェルの人間はレフォードとガイル、それにミタリアの三名のみだ。ガイルが言う。



「長兄だから当然だろ! くくくっ、国境での俺への無茶振りの仕返しができるぜ!!」


 ガイルは国境で『大道芸人』の真似をさせられたことを思い出し笑う。一方のレフォードはそう言った堅苦しい場が苦手。助けを求めようとしたミタリアにさらりと言われる。



「お兄ちゃん、頑張ってね!」


「マジかよ……」


 逃げ場を失ったレフォードが観念する。

 そしてその三日後、正式にラフェル王国とヴェスタ公国の休戦協定が結ばれた。公爵ウィリアムとレフォードの名で。

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