44.魔力解除と魔力暴走
「魔物!? どうしてこのタイミングで……」
後退したラフェル王国正騎士団を見てひとまず安堵していたゲルチ。ヴァーナの魔力切れは心配であったが、彼の頭の中では騎士団長が来ても勝てる算段ができ始めていた。
だがその算段はその予想外の来客により崩れ始める。
(まっすぐこちらに向かっているわ。狙いはラフェルじゃなくて
なぜ急に魔物の標的にされたのか分からない。魔物の襲撃はよく起ってはいたが最悪のタイミングだ。
「ヴァーナちゃん、ヴァーナちゃん!! 魔物も来たわ!! 行けそう??」
業火の舞を続けるヴァーナにゲルチが近付いて大声で尋ねる。
「あぁ!? なになにーー!!??」
そう尋ね返したヴァーナに対し、ゲルチが北方の空を指差す。
「魔物よ、魔物っ!!」
「ヒャ~ハハハッ!!! また標的が増えたぁあああ!!!!」
喜ぶヴァーナにゲルチが言う。
「無理はダメよ!! セーブして使ってよぉ!!!」
「ぎゃひょひゃははは!!! 死ね、死ね死ねえええええ!!!!」
ヴァーナは魔法攻撃の標的を近付いて来た魔物の群れに変更。業火の魔法が魔物達に向かって放たれる。
「ドリュー様、敵軍確認。ラフェルと交戦中のようです!!!」
魔王カルカルからの
「怯むな!! 我等は対魔法に優れた特殊兵団。恐れずに進め!!!!」
「ガギャオオオオ!!!!」
魔物達が一斉にヴェスタ公国軍へと突撃する。
ドン、ドドドオオオオオオン!!!!
「ギャアアア!!!!」
そんな魔物の群れに、真っ赤に染まった空から業火の雷が雨のように落とされる。
轟音、爆音、灼熱に狂気。とても人間の
「ま、魔物だと!?」
攻撃対象が上空の魔物達に移り、灼熱地獄から逃れたラフェル王国軍。後退したシルバーは上空で被弾する魔物達を見ながら皆に命じる。
「今のうちに回復を!! 怪我人は後方へ!!!」
「はっ!!」
既に多くの兵がヴァーナの魔法で傷つき倒れている。魔物自体は相容れぬ存在だが、このタイミングでの攻撃は願ってもない回復の機会となる。
(一体どうなるんだ、この戦い……)
シルバーはヴェスタ公国軍と魔物が戦うのを見つめながら先の見えぬ戦いに不安を抱いた。
「ド、ドリュー様っ!!! 敵魔法が想像以上に強力です!!!」
対魔法攻撃に対しては強い自信を持っていたドリュー隊。強力な魔法結界を張り、魔法に強い魔物で編成したにも関わらず、コップから溢れ出る水の様に仲間が墜落して行く。ドリューが言う。
「ここまで強力な魔導士がいるとは……、想定外だ……」
ルコの側近が人間に敗れて馬鹿にしていたのだが、舐めてかかるとやられるのはこちらだとようやく気付いた。だがここで自らの誤りを認めることができるのが上級魔族である所以。ドリューが叫ぶ。
「これより全軍を持って突撃する!! 狙いは敵大将っ!!!」
魔物達はその意味を理解していた。
そしてその次に放たれるドリューの特殊魔法の発動を待った。ドリューが両手を上げ叫ぶ。
「
聞いたことのない耳障りな金属音がドリューから発せられる。それは彼を中心に波紋状に四方八方へと広がって行く。
「えっ……?」
最初にその異変に気付いたのが洞察力の鋭いゲルチ。魔物を襲っていたヴァーナの業火魔法が突如消え始めたのだ。
「なに、あれ? 何が起こって……??」
見たこともない現象。ヴァーナの魔法がまるで風に吹かれた
(何か分からない。でもあれって、魔法を消す力だわ!!!)
ドリューの
文字通り周囲にある魔法を全て消し去る強力な魔法。数分と時間制限はあるが、特殊な才能が必要な為、使える者は僅かしかいない上級魔法。ドリューがヴァーナ討伐に抜擢された理由がこれである。
「え、えっ、なに……??」
状況が理解できないヴァーナ。
魔力切れを起こした訳でもないのに次々と放った魔法が消えて行き、新たな魔法も発動できない。動揺するヴァーナが叫ぶ。
「なになにナニナニなになにっ!!!??? なにが、どうしてえええ!!??」
どれだけ業火の舞を舞おうが発動しない魔法。初級魔法ですら出せないヴァーナが混乱する。ゲルチが思う。
(待って、これって……、やだぁ!! 最悪の状況じゃない!!!!)
ヴァーナ隊の兵は基本、対地上部隊を想定している。空中からの攻撃には兵士やヴァーナの魔法で対処するのだが、今その魔法が使えない。
(それって、上空ガラ空きじゃない!!!!)
見上げると魔物の集団が勢いよく目前まで迫って来ている。ゲルチが叫ぶ。
「防御、防御っ、上からの敵に気を付けて!!!!」
ガン、ガガガガン!!!!
次々と突撃してくる魔物にヴァーナ隊の兵が応戦する。
「ぐわああああ!!!!」
しかし上空から勢いよく突撃する敵相手に、魔法が使えないヴァーナ隊が次々と倒れて行く。混乱する仲間達。更にその中でひときわ大きな魔族が、最後方で呆然とする赤いドレスの女に向かって突撃する。
「敵将の首、貰ったあああ!!!」
突撃する魔族。
だがその目の前に突如大きな壁が立ちはだかった。
ドオオオオオオン!!!!
「ギャ!!!」
魔族はその壁にぶつかり吹き飛ばされる。そして見上げて理解した。
「ヴァーナちゃんには指一本触れさせやしないわ!!!!」
それは壁ではなく筋肉質の男。ビキニパンツひとつで仁王立ちする副官ゲルチであった。
「私はヴァーナちゃんの盾。さあ、来なさい!! 私が相手よっ!!!!」
元はヴェスタ公国歩兵隊長であったゲルチ。幼きヴァーナを引き取るために退任し、ここまで一緒に戦って来た。つまり物理戦闘において彼はヴェスタ公国でもトップクラスの強さを誇る。魔族が叫ぶ。
「討ち取れえええ!! あいつを討ち取れえええええ!!!」
その号令と共に魔物や魔族達が一斉に仁王立ちするゲルチへと突撃する。
「ふんっ!! ふんっ!!! ふがああああ!!!!」
ゲルチは自分に向かってくる敵をちぎっては投げ、殴りつけ、身を挺してヴァーナを守った。
(あの筋肉男、なかなかやる……)
上空で魔法継続の為両手を上げたままのドリューが、肉の壁となって大将を守るゲルチを見て思った。強力だが数分しか持たないドリューの
「急げっ!! 急いで討ち取れっ!!!!!」
大将の叫びに更に攻撃を強めていく魔族達。
ドン、ドン、ドドォン!!!!!
ゲルチはその体で敵の攻撃を受け止める。さすがにここに来てその異変に気付いたヴァーナが言う。
「ゲ、ゲルチ、どういうこと? 大丈夫なのーーーっ!?」
魔法が使えず混乱するヴァーナだが、大切な仲間が攻撃されているのを見て体が震え始める。ゲルチが言う。
「わ、私なら大丈夫よ。あなたは撤退して。この状況がいつまで続くか分からないから……」
撤退などあり得ない。
ヴェスタに来て初めて自分を受け入れてくれた大切な人。彼を見捨てて逃げることなど絶対できない。何もできないヴァーナが悲しみに目を赤くする。
ドオオオオン!!!!
「ぐはっ!!!」
鉄壁の防御を誇るゲルチだが、さすがに魔物や魔族の連続攻撃を受け続ければ長くは持たない。強撃を受け片膝をつくゲルチ。
「逃げるの!! ゲルチ、あなたも一緒に逃げるのよぉおおお!!!」
ヴァーナが叫ぶ。だがゲルチは少しだけ笑うだけで動こうとしない。ヴァーナが天を仰いで叫ぶ。
「やめろ、やめろやめろやめろ!!! やめろぉおおおおおおおお!!!!!!!!」
ドオオオオオオオオオオオオオン!!!!
空が真っ赤に染まった。
ヴァーナから放たれた強力な魔法が青かった空を一瞬で赤く、まるで流血の様に染め上げた。目を真っ赤に染めたヴァーナが薄気味悪い笑みを浮かべながら言う。
「お前らぁ、みんなコロス。燃えろ、燃えて消え去れえええええ!!!!」
「ギャガアアアアア!!!!!」
それまで余裕をもって攻撃をしていた魔物達に一斉に業火魔法が放たれる。
幼き頃、貴族の屋敷を灰と化したヴァーナの暴走。
それが再びこの決戦の地で起こった。ただ子供だった前回と違い、今は成長したヴァーナ。暴走を発動しながら意識も微かに残る。
「に、逃げろおおお!!!」
大将の異常を感じ取ったヴァーナ隊が一斉に逃げ始める。一瞬で辺りが炎の海と化する。ゲルチがヴァーナに言う。
「やめて、やめて、ヴァーナちゃん!! そんなことしたらあなたは……」
そう叫ぶゲルチだがこれまで以上の業火に、周りの兵が傷ついた彼を無理やり後退させる。
「ヴァーナちゃん!! それ以上やったらあなた死んじゃうわよぉおおお!!!!」
決死のゲルチの叫びもヴァーナには届かない。
暴走した業火は魔族や魔物、味方の兵に少し離れたラフェル軍をも巻き込む大炎上となって暴れた。上空で
「な、なんて奴だ!? 常識を超えている……」
必死に業火から逃げる魔族達。上級魔族であるドリューですら四方を炎に囲まれた状況に一瞬死を覚悟する。
「ふ、副団長!! これは耐えられません!! さらに後退の指示を!!!」
少し離れた場所にいるラフェル王国軍も、その桁違いの業火に恐れ逃げ腰になっていた。必死に張っていた
手に負えない状況となった目の前の光景を見てシルバーが無念そうに言う。
「全軍、撤退」
重い言葉である。
いわば負けを認め退却すると同じ意味。
(だが、兵の命を犠牲にする訳にはいかぬ……)
再戦はまた軍を立て直してからすればいい。戦う機会はまだある。
無念さの表情を浮かべ、退却の具体的な指示を出そうとするシルバー。その横にひとりの男が歩み寄る。
「すまねえ、シルバー……」
(え?)
驚くシルバー。その青髪の男は軽く彼の肩に手を置き、そして言う。
「うちの妹が随分迷惑かけちまってるみたいだな。ほんとにすまねえ」
そう言って横を通り、真っすぐ『業火の魔女』へと歩みゆく青髪の男。シルバーの体がぶるっと震え、そして掠れた声で言う。
「お、お待ちしておりました。後は、頼みます……」
シルバーは業火の中を躊躇せずに歩み続けるその男に深く頭を下げた。
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