43.ヴァーナ炎の舞

「シルバー副団長、大変です!! ヴェスタとの国境付近に『業火の魔女』が現れたとの報告が入ってきました!!!」


 ラフェル王国、王城。呪刃で倒れた騎士団長エルクの代理を務める副団長シルバーは、その報を聞いて顔を青くした。

 絶対的強者の騎士団長がいない今、自分が指揮を執って各侵略に対抗しなければならない。だが相手はあの『業火の魔女』。エルクなしの今、ラフェル王国正騎士団と言えどもどこまで戦えるか不安である。シルバーが言う。



「ジェイクをここに!!」


「はっ!!」


 シルバーは迷わず歩兵隊長のジェイクを呼んだ。元『鷹の風』ナンバー2でガイルの側近。今やその実力と実直さで正騎士団の中でも信頼される人物となっていた。



「シルバー殿、お呼びでしょうか」


 すぐに駆け付けるジェイク。きちんと手入れされた辮髪べんぱつが黒く光っている。シルバーが言う。



「国境付近で『業火の魔女』が現れた。私はこれよりガードとレーアと共に迎撃に向かう。その間の城の守備を貴殿に任せる」


 ジェイクが頭を下げて答える。


「かしこまりました。ラフェルの為、ミタリア様の領土の為このジェイク、何が起ころうとここを死守しましょう」


「うむ、頼もしい言葉。相手が相手だけに正騎士団総出で対処しなければならない。後は頼むぞ」


「はっ!」


 ジェイクはそう言って再度頭を下げるとその場を立ち去る。シルバーが兵に言う。



「重歩兵隊長ガードと魔法隊長レーアをここに!!」


「はっ!!」


 幸いここ最近はガイルの残して行った元蛮族達の活躍で、辺境での他の蛮族の出現数は減って来ていた。今ここにガードやレーアがいなければと思うとぞっとする。



「お呼びでしょうか、シルバー殿」

「えー、なに?? また戦うの~??」


 白銀の聖騎士の鎧に身を包んだガードと、真っ赤なビキニを着たレーアがだるそうにやって来る。シルバーが言う。



「国境に『業火の魔女』が現れた。これから迎撃に向かう。私と共に来てくれ」


「!!」


 ただ事ではないとその場の雰囲気から分かってはいたが、改めて聞くその恐ろしい『業火の魔女』の名を前にふたりが沈黙する。既に矛を交えている者だから分かるあの狂気。まともにぶつかっても勝てる見込みはない。レーアが不安そうに言う。



「勝てるの? 団長も居ないのに……」


 正騎士団最強のエルクは未だ治療中。意識すら回復していない。そしてその騎士団長が兄と慕う『青髪の剣士』もいない。一瞬黙るシルバーをよそにガードが言う。


「勝てると勝てないとかじゃねえだろ。敵が現れたら俺達は戦う。それだけだ」


 数々の修羅場をくぐり抜けて来た列強の戦士。その言葉にも重みがある。シルバーが言う。



「その通りだ。こうしている間にも国境の兵が討たれているかもしれぬ。急ぎ準備を!!」


「了解!!」

「わ、分かったわ……」


 ふたりは頭を下げるとすぐに部屋を退出する。



(団長、我々に力を!!)


 シルバーは想像するだけで震える『業火の魔女』との決戦を前に、未だ眠るエルクのその強き心を少しだけ分けて貰おうと祈った。






「正騎士団じゃなくてもやっぱり中々強いわね~」


 ラフェル王国とヴェスタ公国との国境。枯れた荒野が続く大地に両国の軍が対峙し、交戦を始めた。

 ラフェル王国側は国境警備兵。辺境を守る兵に対しヴェスタ公国はヴァーナ率いる公国主力軍。それでもラフェルの兵は押されることなく善戦していた。ゲルチが言う。


「ヴァーナちゃんはもうちょっと我慢我慢よ~」


 大将であるヴァーナはその軍の一番後方に座りまだ何もしていない。最初から魔法全開で戦われたらいずれ来るだろう正騎士団との戦いまで持たないからだ。


「あ゛~、早く魔法撃ちてえぇええぞぉおお!!」


 何もさせて貰えないヴァーナが苛つく。


「もうちょっとの辛抱よ。ヴァーナちゃん」


 信頼あるゲルチだからできるヴァーナのコントロール。彼女ひとりであったなら今の地位は築けていないだろう。そこへ見張り役の兵が小走りにやって来る。



「報告します! 敵軍後方より白銀の鎧をまとった一軍が現れました!!」


「そう。ご苦労」


 ゲルチはそう兵に言うと敵対するラフェル軍の後ろを見つめる。



「さあ、来たわよ~、ラフェル王国の正騎士団様がぁ。イケメン団長様もお越しになっているのかしら~」


 まるで恋する乙女のような顔になってゲルチが嬉しそうに言う。ヴァーナが尋ねる。



「なあ、いいのか? もういいのか、ぶっ放して??」


 ゲルチが頷いて応える。


「そうね。そろそろ始めましょうか。ヴァーナちゃん劇場を」


「よぉおしっ!!」


 それを聞いたヴァーナが立ち上がる。

 真っ赤なタイトなドレスに、同じく赤いつばの大きな帽子。首に巻いていた深紅のショールをゆっくり手に取り風に靡かせる。ヴァーナ劇場が間もなく開演する。






「シルバー副団長!! お待ちしておりました!!!」


 国境警備兵の責任者が大きな声で到着したばかりの正騎士団に駆け寄って言った。シルバーは馬上のままそれに答える。


「待たせてすまなかった。状況は?」


「はい。小規模な交戦が続いております。一進一退かと」


 シルバーの目に剣や槍、低レベルの魔法を打ち合って戦う兵士の姿が映る。見たところまだ『業火の魔女』は出現していない様子。



「敵将はまだ出てきていないか」


「はい、お互い様子を窺っているものかと存じます」


「分かった。ガード!!」


「おうっ!!」


 シルバーに呼ばれた重歩兵隊長ガードが一歩前に出る。



「お前は最前線で盾となり敵の攻撃を防げ。それに私も続く!!」


「了解っ!!」



「レーア!!」


「はーい!」


 真っ黒なマントに赤いビキニアーマー。戦場でも目立つ彼女が少し間の抜けた返事をする。


「お前は後方より魔法攻撃。狙いは『業火の魔女』。頼むぞ!!」


「分かったわ」


 的確にすべての兵に指示を出したシルバーが皆に言う。



「我らに勝利を!! 全軍、突撃っ!!!!」


 重歩兵隊率いるガードが前面に立ち、光の魔法障壁ライトシールドを張りながら突撃する。

 ヴァーナ軍は後方より現れた白銀の鎧の軍を見て動揺が広がる。以前交戦したラフェル王国正騎士団。その強さはまだ兵士の心に刻み込まれていた。



赤稲妻の衝撃レッド・ヴァーニングぅ!!!!」


 そんな最前線の兵士達の状況が一変する。

 聖騎士団到着で優勢になりつつあった戦況。だが空を赤く染める真っ赤な雲を見て兵達の動きが止まる。


「防御、防御っ!! 光の魔法障壁ライトシールドを張れっ!!!!」


 あれは以前経験した恐るべき業火魔法。身構える間もなく轟音と共に辺り一帯に業火の雷が落とされる。



 ドン、ドドドオオオオオオン!!!!


「ぎゃああ!!!」


 貧弱な光の魔法障壁ライトシールドでは簡単に破壊されてしまうほどの威力。真っ赤な対魔法用特殊鎧を着たヴァーナ兵はほとんどダメージを受けずに後退。皆これより大将の『狂気の舞』が始まることを理解していた。



「ぎゃははあはっ~!!?? 爆ぜろ、爆ぜろぉよおおお!!!!」


 手にした深紅のショールを回しながら狂ったように舞うヴァーナ。


「きゃははっ!! 楽しいィ、楽しいィぞおおおお!!!!」


 回せば回すほど威力が上がる業火魔法。底なしの魔力を誇るヴァーナ。その劇はまだ始まったばかりである。




「皆、耐えろ!! 耐えるんだ!!! 光の魔法障壁ライトシールド!!!!」


 正騎士の盾であるガードが先頭に立ち必死に光の盾を張り続ける。攻撃担当のシルバーも堪らず一緒に盾を築く。



「な、何あれ……、桁が違う……」


 その彼らの後方で魔法攻撃を行っていたレーアが腕を下げ、その戦況を呆然と見つめる。空を覆いつくす赤い炎。轟音と共に落とされる業火の雨。ラフェル最強の盾が居るものの、いつまで守っていられるか分からない。


「どうすればいいのよ……」


 この状況で自分の魔法など無意味だと気付いた。魔法隊隊長を務める彼女だからその実力差を肌で感じ何もできなくなってしまった。




「ギャハハははっ!!! 行くぞおおお、深紅の火山の舞ボルケーノ・ダンスぅうう!!!」


 ヴェスタ公国軍後方で狂ったようにショールを振り踊るヴァーナ。無尽蔵の魔力。今度は正騎士団の地面に異変を起こす。



「な、なんだ!?」


 必死に光の魔法障壁ライトシールドを張り、ヴェスタ軍と交戦していた正騎士団が地面からのを感じる。兵達が叫び声を上げる。



「熱い、熱い、熱いっ!!!!」


 あちこちで上がる叫び声と同時に割れる大地。その裂け目から真っ赤に燃え滾る炎が噴き出す。熱さに耐えかねた兵達がまるでダンスを踊る様にあちこちで飛び跳ねる。重歩兵隊長ガードが叫ぶ。


「下だ!! 地面に気を付けろっ!!!」



「ぐわああああ!!!!」


 上空からは業火の雷、足元からは灼熱の炎。まさに地獄の火の海と化した戦場に、さすがの正騎士団も悲鳴を上げ陣を崩す。



「後退っ、後退せよ!!!!!」


 堪らず副団長シルバーが叫ぶ。一旦立て直さないほど崩れてしまった自軍の指揮を執りながら後退する。





「ヴァーナちゃ~ん、ちょっと抑えて抑えて、セーブよ、セーブぅ!!」


 一方のヴェスタ公国軍後方でも最初から飛ばし過ぎるヴァーナをゲルチが心配していた。圧倒的魔力を誇るヴァーナでも無限ではない。未だ正騎士団長も現れていない状況で彼女が倒れたら勝機が遠のく。



「ヒャハハッハハ~!!! あぁ、楽じい~ィいいい!!!!」


 そんなゲルチの心配をよそにヴァーナは狂ったように魔法を唱え続ける。そこへひとりの兵が報告にやって来る。



「ほ、報告します!! 北方よりこちらに向かってくる軍団を確認!! 魔物の群れに思われます!!!」


「!!」


 報告を聞いたゲルチの表情が変わる。



「魔物、ですって……?」


 見上げたゲルチの目に北方の空から飛来してくる無数の黒い点が映った。

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